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認知症 思いを語る(5)夫婦で探る小さな希望
「できること」糧に寄り添う
「置くとこないなぁ」
京都市内の市営住宅で暮らす山崎
「やられたぁ」
その“一手”に、夫の良昭さん(77)は、「認知症でも関係ない。おちゃめなとこが、かわいいんや」と顔をクシャクシャにした。
離婚経験がある2人は、老人福祉センターの卓球クラブで出会い、8年前に再婚した。快活な奈保子さんに、良昭さんがひかれた。
1年半ほどして、奈保子さんに異変が表れた。「通帳がない」と言っては良昭さんを泥棒扱いし、「浮気している」と疑っては責め立てる。悩んだ末、2人で病院を受診すると、2007年にアルツハイマー型認知症と診断された。
激しくなる認知症の症状に、良昭さんは、「いっそ(自宅のある)6階から飛び降りた方がなんぼ楽になるか」と思い詰めた。
そんな時、知人に認知症の家族会を紹介され、「同じ境遇の人と話し、心が軽くなっていった」。介護の仕方の勉強も始めた。
奈保子さんは最近、亡くなった母親の元へ「行ってくる」とよく言う。良昭さんは「一緒に行こか」と合わせるが、「何遍も言われると、調子の悪い時はしんどいし腹も立つ」。つい目を離し、行方不明で騒ぎになったことが何度もある。
それでも、「再婚した時から、この人は私が面倒みてあげな、と気持ちが決まっていた」。それだけに、自分が先に逝ったらと思うと不安で、健康にも気を配る。
お互い子どもはいるが、京都府外で暮らす。食事作りや洗濯など家事は良昭さんがこなす。今も夫婦で通う卓球クラブが楽しみだ。
「病気なんて嫌やなと思うけど、この人が一緒にいてくれてうれしい。一人で悩んでいるのは嫌やしね」
屈託なく話す奈保子さんに寄り添う良昭さんの心に迷いはない。「お互い、生かされてる限り、ここで一緒に仲良くいこうな」
伴侶が認知症になった時、2人はどう生きるか。
「体中があわ立つような不安を感じた。妻の存在の重さを初めて知った」
千葉県柏市の青津彰さん(62)は、妻の優子さん(59)が、50歳でアルツハイマー型認知症と診断された時の衝撃を生々しく覚えている。
当時、優子さんは飛び出す絵本のデザイナー。チラシなどのデザインを手がける彰さんとの間に子どもはない。
症状の進行を止めようと彰さんが頼ったのは、パズルや簡単な計算問題などだった。「やらないと治らないんだから」。嫌がる優子さんに声を荒らげることもあったが、成果は出ず、1年でやめた。「できないことばかりが目立ってしまった」と彰さんは反省する。
優子さんは認知症を隠さなかったが、家電の操作など、できないことが増えると「情けない」とふさぎ込んだ。転機は6年前。知人が絵本の朗読ボランティアに誘った。老人ホームで朗読して拍手を受けるうちに、表情は明るくなった。
今は字を読むのが難しくなり、着替えなどで介助が必要なことも増えた。
結婚37年。こんな生活は考えもしなかった。「でも、絶望だけを見ては生きられない。2人にとっての希望を探すしかない」と彰さん。
最近、朗読の練習を再開した。「できること、何かないかな」と優子さんが言ったからだ。彰さんは思う。「一つでもできることを続けることが生きる糧になる。それが希望につながるはずだ」
認知症の症状 |
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アルツハイマー型認知症の場合、記憶障害のほか、日時や場所がわからなくなる、料理などの手順がわからなくなる、判断力が低下するといった症状が特徴的。その人の性格や心理状態、環境によって、妄想、 |
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