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新薬開発へ 大学の研究活用

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 大学の基礎研究を製薬会社の新薬開発に効果的に役立てる取り組みが始まっている。新薬の可能性がある物質を集めた「化合物ライブラリー」を国が作って大学での研究に提供し、その成果を製薬会社が利用することで新薬開発のスピードアップを狙う。

国が「化合物ライブラリー」

化合物を提供するため自動的に小分けする装置について説明する岡部特任教授=守谷遼平撮影

 大学が共同で運用する日本で唯一の化合物ライブラリーが、東京大学薬学部(東京都文京区)の本館地下にある。保管庫には、化合物の入ったガラスの小瓶が、立ち並ぶ棚に整然と収められている。その数はおよそ20万種類。稼働から2年間で延べ364万点の化合物を大学の研究者などに提供し、約30件の新薬候補が見つかっている。

 このライブラリーは文部科学省の予算で運営されている。集められた化合物の価格は1点1万円ほどで、20万点では20億円にもなる。同大創薬オープンイノベーションセンターの岡部隆義・特任教授は、「個々の研究室の予算は多いところでも数千万円程度。これだけの化合物を研究室単独で集めることはできない」と説明する。

 新薬の開発は、まさに試行錯誤だ。薬になる可能性がある化合物を研究の目的ごとに次々と試して、実際に薬効のあるものを選び出す。たくさんの種類を試せるかどうかが成否を分ける。製品にまでたどりつくのは、3万種類に一つといわれている。

新薬になる可能性がある化合物を約20万種類集めた「化合物ライブラリー」の収納棚

 大手製薬会社になると数十万点から数百万点の化合物を所有しているとされるが、原則として公開はしない。大切な商売のタネだからだ。だから、これを大学が使うことは難しい。

 薬になる化合物の多くは、体内の細胞にあるたんぱく質に働きかけて効き目を発揮している。大学では、たんぱく質と病気との関係を調べる基礎研究が盛んだ。製薬会社が望み薄として手をつけない化合物も幅広く研究しており、意外な新薬候補がみつかることもある。

 だが、その候補を実験で確かめるには、多くの化合物が必要だ。そのときに化合物ライブラリーが役立つ。文科省は化合物ライブラリーを利用するための人的な支援制度も設けている。化合物を選び出したり、似た化合物の合成を行ったりする支援員約200人を、東大など全国15拠点に配置した。こうして大学側で新薬候補を絞ったうえで、製薬会社に情報を伝える。

 この仕組みが整えば、新薬作りを必ずしも目的にしていない大学の基礎研究を、創薬に役立てることができる。製薬会社にとっては、費用の軽減と開発のスピードアップを図れるメリットもある。「秘密保持のため詳細は公表できない」(岡部さん)が、具体的な共同開発の段階に至っているケースも1件あるという。

産総研や理研も

 国は、大学での新薬開発の環境整備のほか、産業技術総合研究所や理化学研究所といった国の研究所での基盤整備も進めている。

 産総研の「バイオメディシナル情報研究センター」(東京都江東区)では2006年から天然物を中心とした化合物を集め始め、現在、約30万点の化合物ライブラリーを管理している。センターが自ら集めた化合物に加え、製薬会社からも一部提供を受けている。

 植物や細菌などから採取した天然物由来の化合物は、かびから抽出されたペニシリンのように、抗生物質などの開発で重要だ。培養や精製が難しいため、増やして試料を提供するよりも、薬としての働きの強さに関する評価を中心に行っている。

 一連の基盤整備の背景には、日本は欧米と比べ、リスクの高い新薬開発に乗り出すベンチャー企業が育ちにくい点がある。また、有効な治療方法のない病気では、発症のメカニズムが不明な点が多く、新薬の開発の難易度は年々高くなっている。コストも上昇し、新薬を実際に世に送り出すまでには、動物実験や治験も含めて500億~1000億円の費用が必要だ。

 製薬会社でつくる日本製薬工業協会の川原章常務理事は、「新薬の開発には、多くの候補化合物が不可欠。体制を整備していくことで、公的な機関からの成果が増えることに期待したい」と話している。(江村泰山)

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