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[江上剛さん]苦しい心 走って救われる

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仲間と一緒に走る江上さん(中央)。「83キロほどあった体重が70キロに減りました」(東京都杉並区で)=中山博敬撮影

 午前5時過ぎ。東京都杉並区の善福寺川沿いを、仲間5人とゆっくり走る。談笑しながら、緑の木々の下を駆け抜ける。

 地元のランニングサークルが週3回行う早朝練習に参加している。毎回、10人ほどが集まり、10~15キロを走る。フルマラソンにも7回挑戦し、完走した。今年2月の東京マラソンの3時間46分20秒が自己ベストだ。

 「自分が走る姿なんて想像すらしなかった。私はマラソンに救われたんです」

 マラソンとの出会いは2010年5月。近所の友人宅で開かれたバーベキューで、ランニングサークルの代表者から「一緒に走りましょう」と誘われた。当時56歳。練習についていく自信などない。断ったが、あまりに熱心に誘うので、最後はうなずいた。「その頃はストレスの毎日だった。生活のリズムを変えてみたかったのでしょう」

 銀行員として26年間を過ごした。広報や人事の担当が長かった。小説の執筆は、カルチャーセンターの小説教室に通ったのがきっかけだ。支店長の業務の傍ら、覆面作家としてデビュー。午前4時前に起床し、小説を執筆する生活を送った。49歳で早期退職。作家に転身した。

 その後、中小企業向け融資を専門とする日本振興銀行の社外取締役に就任。経営が悪化し、再建に奔走していた時に、ランニングサークルに誘われた。まもなく同行の社長に就任し、自主再建を目指したが、約2か月後、経営破綻した。

 記者会見で謝罪する姿が報じられると、講演やテレビ出演のキャンセルが続いた。取引先や銀行の従業員の人生、自分の仕事はどうなるのか。先が見えず、憂鬱(ゆううつ)な気持ちを抱えた。

 ところが、サークルでメンバーと一緒に走っていると、「妙に心が軽くなった」。連日、銀行から帰宅するのは深夜だったが、早朝練習は続けた。走っている間だけは、作家でも、銀行の社長でもない。仕事とは別世界の仲間との時間が心地よかった。

 それまで仕事一筋で、近所付き合いなどなかった。一緒に走る近隣のメンバーは多彩だ。みな悩みを抱えながらも、楽しそうに走っている。子どものいじめ、病気、夫の失職、嫁としゅうとめの仲……。「悩んでいるのは自分だけじゃない」。うつうつとした気持ちが晴れていった。

 練習を始めて半年後、初めてフルマラソン大会に参加。30キロを過ぎると腹痛と吐き気に襲われた。意識を失いそうになりながら、4時間31分27秒でゴールした。「こんなしんどいことは二度としたくない」と思った。

 ところが、翌朝も、いつものように仲間と走る自分がいた。

 マラソンは、男性も女性も、高齢者も若者も関係ない。練習した分だけ、成果を出せる。沿道の声援は、すべて自分に向けられているかのようだ。誰かに勝つのではなく、過去の自分を克服する。そのゴールの瞬間の達成感が、マラソンの魅力だ。

 「人生や仕事にゴールが見えなくても、マラソンには必ずゴールが待っている。肩書や仕事を離れて仲間と走れば、違う人生が始まりますよ」(野口博文)

 えがみ・ごう 作家。1954年、兵庫県生まれ。77年に早稲田大学を卒業、旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。2002年に「非情銀行」で作家デビュー。03年に退職。著書に「隠蔽指令」「55歳からのフルマラソン」など。

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