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錯視…高機能ゆえの「誤り」

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 静止している絵が回転したり、実際にはないはずの点が見えたりする錯視。数学を使った最近の研究で、錯視は視覚の欠陥というより、ものをよく見ようとする高度な機能の代償であることがわかってきた。

色調、コントラスト調整の代償

 錯視は、視覚で起こる錯覚。同じ長さの線分が両端につく矢印の向きによって違う長さに見えたり、平行な線が、重ねて描かれた模様の影響で平行でなく見えたりすることが古くから知られている。最近は、印刷された絵が動いて見える錯視アートも登場している。

 この錯視は、わたしたちが持つ視覚の欠陥なのか。新井仁之(ひとし)・東京大学教授と共同研究者である妻のしのぶさんは、錯視を起こす複雑な脳内処理の仕組みを、数式の集まりである「数理モデル」で解明しようとしている。

 視覚情報は、網膜と視神経を通じて大脳の後頭葉にある視覚野に到達する。その後、視覚野の神経細胞でさまざまな処理が行われるが、その詳細はわかっていない。だが、もし数学を使って実際と同等の錯視を再現できれば、それを分析することで脳内処理の仕組みを推定できる。

 新井さんは、波に関係する「ウェーブレット」とよばれる関数に注目している。関数とは、入力信号を変換して出力する際の、その変換の規則のこと。ウェーブレットは、1980年代にフランスの技師が、人工的な地震動を起こしてその反射波で地中の油田を探索するのに用いた関数だ。

 新井さん夫妻は、「強い刺激が周囲にあると、同種の弱い刺激はいっそう弱く知覚される。周囲に同種の強い刺激がなければ、弱い刺激でも十分な強度で受け取られる」ということが視知覚の基本法則の一つと考え、これを関数に組み込んで数理モデルをつくった。

《1》格子の中央に点があるように見える「ヘルマンの格子錯視」(新井さん提供)
《2》数理モデルで処理した「ヘルマンの格子錯視」。格子の交差点のくぼみが明るさの減少(黒い点の出現)を表している(新井さん提供)

 この数理モデルが適切であれば、それを組み込んだコンピューターに錯視が起きる元の画像を入力すると、コンピューターも錯視画像を出力するはずだ。

 新井さんは、これを「ヘルマンの格子錯視」=写真《1》=とよばれる有名な錯視に応用してみた。白地の上に黒い正方形のタイルをすき間をあけて敷き詰めると、白いすき間の交差点に、実際には存在しない黒い点が見えるという錯視だ。コンピューターの出力結果は、交差点の明るさが周囲に比べて減少していた。つまり黒い点が現れることを再現した=同《2》=。

《3》ハートマークが浮き上がって見える(新井さん提供)
《4》一から十までの漢数字のうち5つを選んで作成した「文字列傾斜錯視」(新井さん提供)

 さらに、新井さん夫妻は、山並みをとらえたふつうの風景が、おなじ数理モデルでどう変換されるか試してみた。すると、元の画像で、少しぼやけていたり暗かったりした木々や葉の細かい部分、山肌、山の稜線(りょうせん)などが、出力された画像ではくっきり浮かびあがった。

 つまり、格子錯視は、不鮮明なものを鮮明に認知しようとする高度な視覚の機能と根は同じだったのだ。新井さんは、「錯視は、視覚のエラーではなく、色調、コントラストの違いなどを調整してものをよく見ようとする働きだと考えられる。これを、何がどうなるのかが厳密にわかっている数学の計算で示した意味は大きい」と強調する。

 この数理モデルは多くの錯視の発生メカニズムを解明したが、まだすべてをカバーしたわけではない。新井さんは、さらに複雑な脳内処理を再現する数理モデルをつくっていくという。

 新井さんは、数理モデルを使った新しい錯視画像も作り出している。たとえば、ハートの形が手前に浮き上がって見える画像=同《3》=。文字列が傾斜して見える「文字列傾斜錯視」=同《4》=を自動作成するソフトウエアの開発にも成功した。(長谷川聖治)

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