宋美玄のママライフ実況中継
医療・健康・介護のコラム
出生前診断「NT」の問題点

前回の『激論!母体保護法』にはたくさんのご意見をありがとうございました。難しいテーマについての皆さんの考えはどれも参考になります。
このブログでは、クアトロマーカーテスト、母体血胎児DNA検査についてお話させていただいたので、今日はNT(Nuchal Translucency:胎児頚部浮腫などと訳されます)について書きたいと思います。
首の後ろが分厚いと…
NTは1990年代に「ダウン症の赤ちゃんは首の後ろが分厚い」とイギリスのNicolaides氏によって報告されたのが始まりです。妊娠11週から13週の間にNTが肥厚していると、それそのものが病気という訳ではありませんが、ダウン症などの染色体異常や臓器の異常の頻度が増えるため「マーカー(目印)」として使われています。測定とカウンセリングには技術が必要なため、Nicolaides氏が率いるFMF(Fetal Medicine Foundation)では研修と資格の認定を行っています(私は2009年にそちらに留学してきました)。しかし、日本ではクオリティーコントロール(技量の質の管理)が行われないまま、妊婦健診のついでに事前説明なく測られるケースが多いのが問題となっています。
以前参加していたSNSの医療相談スレッドでもNTに関する相談は非常に多く、「大事なことをきちんと説明して理解してもらわないと、インターネットで医師を名乗っているが本当に医師なのか、どの程度の技量なのか分からない匿名の回答者に質問し、主治医よりもそちらを信用してしまうのだな」と診療の教訓にしたものです。
3mmでも正常の確率が圧倒的
典型例は「あなたの赤ちゃんは首の後ろがむくんでいるので、ダウン症の可能性が高い」と晴天の霹靂(へきれき)のように告げられるというものでした。このように説明されると「半分以上の確率でダウン症」との印象を受けてしまうと思いますが、正確には「一般の妊婦さんがダウン症の子供を授かる確率よりも高い」という意味です。
3mm以上だと分厚いとされることが多いようですが、ダウン症の確率は約3~4%しかなく、正常な子供である確率が圧倒的に高いです。非常に分厚いとされる6mmでも、約30%は正常の赤ちゃんです。NTが厚いだけで中絶をするということは残念ながら今でも行われているようですが、不適切であるということがお分かりいただけると思います。
FMFの資格を取るとソフトウェアが与えられ、NTの厚みや他の所見、年齢、赤ちゃんの大きさや週数を組み合わせてダウン症の確率を計算し、クアトロマーカーと同じように結果が数字で示されます。ソフトウェアがない場合はグラフを元に大まかな数字で伝えることになりますが、適切なカウンセリングがなされれば問題ありません。
NTについては報道番組やマタニティ雑誌で触れられることも多くなり、その存在を知る妊婦さんも多くなって来ました。知っておいていただきたいのは、これは産科医なら誰でも測れるというものではないので、かかりつけ医に依頼すればいいというものではないということです。現状では技能を持った医師は限られており、地域によっては対応出来ないところも多いです(大阪府堺市のベルランド総合病院の峯川亮子先生がとても信頼できるので、ご本人の承諾を得てこちらで紹介します)。
知識不足による悲劇
クアトロマーカーテストとNTの問題点は、陰性の人も陽性としてしまう擬陽性率が高すぎるということです。その点においては母体血による胎児DNA検査の方が優れていると言えますが、そちらの問題はスクリーニング(異常の確率を計るふるい分け検査)でしかないのに確定診断であると誤解さかねないことだと思います。
ダウン症の子供を中絶すること自体にも議論がありますが、そのために正常な赤ちゃんが巻き込まれて中絶されてしまうことも重大な問題です。知識が不足しているために起こることですが、「異常があるかもしれないなら産みたくない」「完全に正常な赤ちゃんでないと要らない」という考えが根底に透けて見えるような気がします。
マーカー検査や母体血検査、超音波検査をもってしても、赤ちゃんの病気のすべてがわかるわけではありません。また、体の情報のある程度は赤ちゃん自身のプライバシーであるように私は感じており、分かるようになったことを全部調べればいいというものではないと思います。情報を赤ちゃん自身のため、母親と父親のためにどう活かせるのか常に考えること私たち産科医療者は忘れてはいけないと思います。
今、社会を形成している私たちの中にも、完全に正常な人間などいません。「どこかが普通じゃない」人を見つけ出して排除することを続ければ誰の居場所も無くなるでしょう。まずは「自分は非の打ち所がなく誰にも迷惑をかけていない正常な人間」と思わずに、親の立場、子の立場、第三者の立場に立って出生前診断について考えていただけたらと思います。
(NTについては、私の個人ブログの「NT(胎児頚部浮腫)の真実~赤ちゃんの情報は誰のもの?」に詳しく書きましたので興味のある方は是非読んでください)
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妊娠12週でNTを指摘されました、それから大学病院を紹介されまずは胎児をしっかり見てみましょうと言われて鼻骨や頭の大きさ内臓色々チェックした結果、NT以外は問題ないと言われましたが15週でクアトロ検査をする事になりました。
それから、不安になり毎日泣いて、食欲もなく、夜も全く眠れない日々です。
先生の記事を読んで、少し希望があるんじゃないかと思い、何度も読みました。
37歳で妊娠した事を母親にせめられたり、お腹の子は異常があると思いこんでしまって本当に辛いです。
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今、社会を形成している私たちの中にも、完全に正常な人間などいません。「どこかが普通じゃない」人を見つけ出して排除することを続ければ誰の居場所も無くなるでしょう。
全くその通りで、「病気探し」を始めれば、みな「病んで」しまいます。
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出生前診断が必要である事は認める。明らかに異常な胎児を仮に産む事が出来たとして、その胎児を育てるのに、お金の事は別として、親だけでなく、どれだけの人が苦労するかを考えると、中絶という手法も認めなければならない。「どんな障害があっても、授かった命ですから懸命に育てます」と親が言ったとしても、育てているうちに、「この子のせいで、人生を潰された」と感じるようになることは十分考えられる。人間とは、簡単に想念できるような生き物では無い。
愛し合う事を誓います、といった者が、どれだけ離婚しているかを考えれば、所詮、人間などエゴイズムの塊なのだ、としか言いようない。
出生前診断で、自分に都合の悪い子供は中絶する、ということが当たり前になる時代が、もうすぐやってくる。これは、「優しくなければ人では無い」とする理想主義と同根と考える。
我々人間には、命を選別する事は許されないと思う。糸賀一雄がなぜ、「この子らを、世の光に」といったかを想起できない者は、皆、「不都合なものは排除せよ」という理想主義に絡め取られていくのだろう。糸賀氏が、何故、不都合なものを世の光に、といった意味が分からないものは永久に不幸である。
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