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道免和久 兵庫医大リハビリテーション医学教授(上)患者の声聞き 回復訓練

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 病気やけがで体に障害が残った患者にとって、リハビリテーションの成否は、その後の「生活の質」を大きく左右する。疾患の形態は多様で、訓練の手法を間違えれば命にかかわることもある。これまで1万人以上の患者を支えてきた兵庫医大(兵庫県西宮市)のリハビリテーション医学教授、道免(どうめん)和久さん(51)は「リハビリは全人的医療だ」という。

診察で、患者の腕の動く範囲を調べる道免和久さん(兵庫医大病院で)=奥村宗洋撮影

 

チーム医療リーダー

 <「そう、いいですよ」。残暑が厳しい8月下旬、道免さんが、脳卒中で左半身がまひした55歳の男性に声をかけた。3年半前に発症した男性は人さし指と親指で、直径が1センチのビー玉はつかめたが、3センチほどの積み木にやや苦戦していた。「中間の大きさがあってもいいね」と、訓練を補助する作業療法士に助言した>

 リハビリテーション医は診察で患者の関節が動く範囲、筋力、震えがないかなどを診て、どこまで元に戻るかを的確に予測しなければいけません。チーム医療のリーダーで、その処方に従って作業療法士や理学療法士、言語聴覚士といった専門職が動きます。

 <男性が通院を始めたのは約3か月前。わずかしか動かなかった指でビー玉をつかめるようになり、ほとんど上がらなかった腕は、肩より上まで上がるようになった。男性は「少しだけだが、私にとっては『ここまで回復した』という感じ。本当にうれしい」と笑った>

 リハビリには医療ではない「ちょっとしたサービス」のようなイメージがあるかもしれません。しかし、適切な治療を受けられた患者とそうではなかった患者では、回復具合で大きな差が出てきます。

 歩行訓練一つをとっても、患者さんの肉体的な状態によって、ひざ立ち、マット上の運動、バランスの取り方といった内容を取り入れ、装具も使い、さじ加減に目を配ります。

 急性期の病棟では、がんなどの内臓疾患の患者も、寝たきりになることで心身の機能が低下する廃用症候群などを防ぎ、離床や退院できるよう、リハビリをします。

父の影響で進路決断

 <リハビリ医を志したのは父親の影響もあった>

 約四半世紀前、慶応大医学部での研修医時代、当時はリハビリテーション科は珍しい存在でしたが、違和感なくリハビリ医を志したのは、整形外科医だった父の存在があったからです。

 福岡県の福祉センター所長も務め、義足の研究もしていました。足を切断した患者さんから、父が感謝されている様子を見たこともありました。歩けない人を歩けるようにするという素晴らしい仕事をした人が、最も身近にいる父だったことが、私にとって大きかった。

ガンの女性から学ぶ

 <研修医時代に看取(みと)った患者から、医師としてのあり方を教わった>

 80歳代の末期がんの女性でした。寝たきりに近い状態でしたが、時にはベッドを離れることも必要だろうと思い、立ってもらうことにしました。

 やせ細った両足を少し震わせながら、数十秒間、踏ん張ってくれました。息切れしそうで、やり過ぎたかなと思いましたが、家族から「入院して初めておばあちゃんの喜んだ顔を見た」とすごく感謝されました。

 しかし、女性が亡くなる前日、意識がもうろうとしている状態で、検査用採血のため、針を刺そうとしたら、「もうよろしい」と断られました。死期を悟られたのだと思います。「延命のため何とかしたい」という思いからだったとは言え、そんな人に針を刺した。すごく反省しました。

 医師として何が大切かは、この女性とのやり取りを通じて学びました。それは、治療行為とは患者が主体で、私たち医師が決めつけてはいけないということ。じっと患者の声に耳を傾け、感じ取るしかない。今もそれをきっちり実行できているか、自分の心に問いながら現場に出ています。(聞き手 阿部健)

 1960年生まれ、福岡県出身。86年、慶応大医学部を卒業。同部助手、埼玉県総合リハビリテーションセンター医長、東京都リハビリテーション病院リハビリテーション科医長などを経て、2000年から兵庫医大助教授、05年に同教授。NPO法人「リハビリテーション医療推進機構」代表理事、日本リハビリテーション医学会代議員などを務める。
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