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[清川妙さん]「親戚」に再会 英国一人旅

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道案内のメモと旅の思い出をつづったノートを手に、「貴重な思い出で埋め尽くされた宝物です」(東京都千代田区で)=藤原健撮影

 英国南西部バース近郊の村で道に迷った時のこと。困って近くの家を訪ねると、その家の女性がホテルへの戻り方を紙に書いてくれた。「ダウン・ザ・ロード(道を下り)、オーバー・ザ・ブリッジ(橋を渡って)」。10行ほどの言葉を書き連ねてくれた。

 「詩みたいでしょう」。その紙は今もノートに挟んで大切にとってある。人が支え合うことの大切さに気づかされたのが、英国への一人旅だ。

 人混みの多い観光地を訪ねたり買い物に夢中になったりはしない。「旅の面白さは見知らぬ人と触れ合うこと。その機会が多いほど旅の収穫になります」。ホテルの朝食でシリアルにかける砂糖を探していると、隣席の男性が「その瓶ですよ」と教えてくれた。「サンキュー」とお礼を言った。ささいな会話と見知らぬ人からの親切が思い出になる。

 ホテルの支配人、タクシーの運転手、そしてレストランの店員……。一人旅で出会った「心の親戚」が英国にたくさんいるという。世話になったら帰国後に手紙を出す。その人の写真を撮ったら必ず送る。「真心で接していると関係が長続きする」。いつの間にか、心の親戚たちに再会することが旅の目的になった。

 高校で国語教師を務め、39歳で文筆活動に専念。雑誌に耳の不自由な長男を育てた手記の執筆を依頼されたのがきっかけだった。その後、万葉集などの古典文学の評論に取り組み、万葉集の歌の持つ魅力などをやさしく伝える文章のファンは多い。小説も執筆し、その合間に講演会などで全国を訪ねる。「ずっと仕事に夢中で、当時は海外を旅しようとは思いもしませんでした」

 初めての海外旅行も仕事がらみだった。53歳の時、出版社に依頼され、ヨーロッパを取材した。現地では出版社の社員が世話をしてくれて仕事は順調に進んだが、個人的な買い物では苦労した。滞在した国の言葉ができず、英語で買い物しようとしたが、店員の話す英語がまったくわからない。お土産のネクタイを買うことにさえ四苦八苦した。

 帰国後、すぐに英会話学校に通った。やがて「どこまで話せるか試してみたい」と思うように。65歳の時に英語を教わった先生の母国、英国を一人旅した。その時以来、英国への一人旅は14回になる。

 「思い立ったが吉日。何かをしたいという気持ちが強くなったら、何歳だろうがスタートすればいい」と話す。1994年に夫を、その半年後に長男を亡くした。その悲しみを乗り越えようと、96年に英国へ一人旅に出た。当時75歳。「悲嘆にくれた心を癒やし、なえた心に活力を取り戻すためには、自分自身の心と体を動かすほかはない」。心の親戚に再会し、語り合ううちに気持ちがふっと軽くなった。

 現在も執筆や講演会などで多忙な日々が続き、英国への一人旅は2007年を最後に実現できていない。「もう一度英国に行って、『親戚たち』に会いたい。『私も元気よ、また来られたわ』と伝えたい」。一人旅をしたいという強い気持ちが人生を支えている。(岡安大地)

 きよかわ・たえ 作家。1921年、山口県生まれ。奈良女子高等師範学校(現・奈良女子大)卒。「万葉集花語り」(小学館)など一般向けの古典評論に加え、暮らしの知恵を紹介したエッセーもある。

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