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医療部発

医療・健康・介護のコラム

変わるために変わろうとしない「マインドフルネス」

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 8月30日(木)の夕刊こころ面で、「マインドフルネス」の記事を書きましたので、再びブログで補足します(※「こころ元気塾」を参照)。

 前にも書きましたが、マインドフルネスとは「意図的に、今この瞬間に注意を向けること」。すごくシンプルです。

 でも、これがけっこう難しい。二つの意味で難しいのです。

 マインドフルネスの手法はいろいろありますが、たとえば5分間座って呼吸に意識を集中する瞑想を考えてみましょう。

 息を吸う。二つの鼻腔(びくう)から空気が入ってくる。それを鼻の中で感じ、徐々に移動して気管を通り、肺へと至る。それに伴って胸骨がやや広がり、横隔膜が下がって今度は腹部が膨らむ。息を吐くと、今度は腹部がへこみ…と、呼吸に伴う体の変化に意識を集中し、感覚を詳細に感じ取ります。

 ところが、すぐに心(意識)がさまよい始めます。

「あ、メールの返事を書くの忘れてた」

「昨晩の『アメトーーク!』で大笑いした話、何だっけ?」

「海に行きたいなあ」

「お、仕事のいいアイデアが浮かんできたぞ」

「無性にエンゼルパイが食べたい。それにしても、あのお菓子、私が小学生の時からずっとあるよなあ」

 もう、何の脈絡もなく、次から次に雑念が湧いてきます。

 「あ、雑念にとらわれてる」と気づいたら、慌てずに呼吸に意識を戻します。でも、すぐに別の雑念にとらわれてしまう。その繰り返しです。

 一つ目の難しさが、これ。「集中することの難しさ」です。

 そして、なかなか集中できない現実が、もう一つの難しさを産み出します。

 「ああ、雑念だらけで、5分の間に呼吸に集中できたのは、合計1分ぐらいしかなかった。なんか、全然ダメだなあ」と、つい、自分自身やマインドフルネスへのマイナス感情が芽生えてきてしまいます。

 しかし、マインドフルネスの考え方では、集中できなくてもいいのです。

 ダメでもOK。できなくても、それをそのまま受け入れて、毎日続ける。1週間、1か月、3か月続けて、まだ雑念だらけであったとしても、その自分をそのまま認めて、ひたすら「今ここ」に意識を向ける努力を続けるのです。

 マインドフルネスに興味を持ち、実際に瞑想をやってみる人というのは、自分を変えたいからやるはずです。「つまらないことに怒らないようにしたい」「もっと心を強くしたい」「うつ病を予防したい」など、動機は人それぞれでしょうが、今の自分に満足できず、自分を変えたいからこそ、マインドフルネス瞑想に取り組むわけです。

 それなのに、「ダメな今の自分を受け入れよ」というのです。

 二つ目の難しさが、これです。

 変わろうと思って努力しているのに、変わらない自分を受け入れ続けないといけない。ならば、そもそも変わろうと思わない方がいい(少なくとも、瞑想に取り組んでいる最中は)。理想と現実とのギャップに、かえってストレスが生じてしまうからです。

 つまり、「本当は変わりたいのに、変わろうという意図を持たずに続ける難しさ」が生じることになります。

 専門的な言葉を使うと、「変容」ではなく、「受容」の姿勢を保ちながら、ひたすら続ける。でも、続けることで、必ず変わってくる…らしいのです。変容を放棄して受容すれば、やがては変容につながる、ということでしょうか。

 なんだか禅問答みたいになってきましたが、マインドフルネスはもともと仏教の瞑想のテクニックですから、当然です。こうした姿勢は、曹洞宗の開祖である道元禅師が、「うまく座ろうと思うな。悟ろうとも思うな。ひたすら座れ!」と言った「只管打坐(しかんたざ)」そのものですね。

 ここまで「難しさ」をあれこれ書いてきましたが、しかし、マインドフルネスには非常にすぐれた長所があります。それは、いつでもどこでもできることです。

 ご飯を食べる時、考え事をしたりテレビを見たりせずに、味や食感をしっかりと感じてみる。通勤電車で読書をちょっとやめて、呼吸に意識を集中する。駅から会社まで歩く時には、足の裏の感覚や股関節の動きに意識を向ける。仕事には全身全霊を傾けて取り組み、帰宅したら家族との会話を精一杯楽しむ――。

 要は、「今ここ」の体と心に意図的に意識を向けて集中すればいいのです。

 ちなみに私は、週に数回しか座禅をしていませんし、座ってもいまだに雑念だらけです。でも、こうして「マインドフル」な姿勢が身に着いたおかげで、以前よりはつまらないことでイライラしなくなったし、逆に「自分を大きく見せたい」とか「もっと褒めてほしい」といった「我欲」にも気づくようになりました。前回書いたように、苦手な暑さにも強くなりました。

 でも、まだまだ未熟です。妻からは「すぐに怒るし、どなる。全然ダメじゃん」と言われています(苦笑)。たしかに、今でも感情的になることがあり、その都度、「ああ、自分ってちっちゃい人間だなあ」と自己嫌悪に陥ります。

 その未熟さから脱却したいと、私は11月に開かれる「マインドフルネス・フォーラム」の、2泊3日のワークショップに参加します。この体験記は後日、改めてブログに書きますので、興味のある方はまたお付き合い下さい。

山口博弥(やまぐち・ひろや)
1997年から医療情報部。胃がん、小児医療制度、高齢者の健康、心のケアなどを取材してきた。自称・武道家。

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医療部発12最終300-300

読売新聞東京本社編集局 医療部

1997年に、医療分野を専門に取材する部署としてスタート。2013年4月に部の名称が「医療情報部」から「医療部」に変りました。長期連載「医療ルネサンス」の反響などについて、医療部の記者が交替で執筆します。

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2件 のコメント

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度を越す、此岸から彼岸へ

照見五蘊皆空

思う事をしないという心境を作る。ちょっとやそっとで出来る事じゃない。プールの中で丁度、底と水面の中間で浮いて音や光、水温、水流を感じるという事は...

思う事をしないという心境を作る。
ちょっとやそっとで出来る事じゃない。

プールの中で丁度、底と水面の中間で浮いて音や光、水温、水流を感じるという事は意外とできます。20秒程度の間位だけですけど。
息を止めているので出来るのですかね。
生命を維持するのに大事な事だから、集中力が自然と出てしまうという事なのでしょうか。

どうしても、体が受け取った情報が「なに」か考えないと危険から身を守れないから、気を散らして次から次へ五感から入ってくる情報をさばいて六感で処理して、それが終わると記憶をたどってと、これの繰り返しでしょう。
一カ所に集中するように体のしくみが出来ていないから、それを完成させるには努力が必要ですね。

「思い」というものを絶つには千日回峰行なみの技術がいるのかもしれませんね。最初は庭掃除位から始めて徐々に集中する度合いを強めていくような。度を渡る、越すとでも表現するのでしょうか。難しいです。

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変わらない為に変わること

寺田次郎 関西医大不名誉享受

世の中は常に変わるわけですから、自分の立場を変えたくなければ、周りの動きに合わせて自分が変わる必要があります。 全ての評価は相対性の中にあるとい...

世の中は常に変わるわけですから、自分の立場を変えたくなければ、周りの動きに合わせて自分が変わる必要があります。



全ての評価は相対性の中にあるということですね。



ところで、個性ってなんでしょうか?

わざわざ主張しなくても、みんな見た目も中身も違いますよね?

それが本当の意味での個性だとは思いますが、社会で個性として認知されるには弱いような気もします。

つまり、個性という言葉にも幅があります。

主張しない個性もあれば、主張する個性もあります。



話は逸れましたが、意識して「座る時間を作る」というのが最も大事なことなのかもしれませんね。

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