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日野原重明の100歳からの人生

介護・シニア

新幹線車内での急患

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 私はまもなく百一歳となるが、今でも健康で、国内、国外での講演活動が多く、忙しく活動しているので、国内では新幹線に乗ることが多い。新幹線に乗ると、車掌が時折、乗客の中に急患がでたのでお医者さんが乗っておられればお知らせ下さいというアナウンスが聞こえてくる。そんな時、私はすぐ反応するが、同じ新幹線に何人か乗っている筈なのに、私のようにすぐ行動する医師は少ない。

 医師が急患の救急処置をする際にそばに看護師がおれば診療の手伝いをしてくれるので好都合だが、車掌が誰かお医者さんはいませんかとアナウンスしても、今まで看護師が自主的に参加した例はない。

顔面蒼白、脈拍微弱の夫人

 私の一番最近の例は、アメリカに1週間出張して帰国した翌日の名古屋近郊での講演会の帰途、午後8時半過ぎに新幹線に乗ったが、その列車が名古屋駅を過ぎるとまもなく、車掌のアナウンスを聞いた。私が手を挙げ、医師ですというと、車掌は私を急患のところに連れていき、この方ですという。

 急患は京都駅から乗車した20才代の夫人で顔面蒼白、脈拍は微弱である。どこが苦しいかというと体全体が苦しいというので、隣りの席の人に立ってもらい体を斜めにさせ、持ち合わせていた自動血圧計で血圧を測ると75/50と非常に低い。意識ははっきりしているが、上腹部から左の背腰にかけて痛いと言う。夕食は何を食べたかと聞くと鉄板焼きだという。これは食当たりかと思ったが左の腰部が痛いという。今まで持病があるかと聞くと腎結石症だという。初診から10分後にもう一度、血圧を測ると、140/80に上昇していた。

 食中毒か腎石発作が考えられると思ったが、この時、たまたま私と同じ列車に乗っていた聖路加国際病院のリウマチ専門の医師もかけつけ、彼が左の腰部をたたくと彼女は「痛い!」と叫んだ。ここで彼女の苦しみは左の腎臓結石の発作だとわかり、その医師が付き添い、私が理事長をしている聖路加国際病院へ救急車で東京駅より搬送した。患者の腰痛は入院後去り、翌朝には退院したとのことだった。

心停止の女性とビールの空き缶

 これとは別に数年前に県立福島医大での講演の目的のため新幹線に乗っていた時のことである。患者が発生したので医師がおれば診察してほしいとのアナウンスがあった。私は早速立ち上がって車掌を探したが、いないので前方の列車に乗っていた私は後方車に向かって歩きやっと車掌を発見した。どうやら医師が二人で診察しているのを見た。私は聖路加国際病院の内科医だと自己紹介したら、二人の医師は、患者は意識がなく心停止だという。

 そこで私は斜めに奥さんにもたれて座っていた患者を通路に寝かせた。私はその患者の席の前のあみの中に、ビールの空き缶を発見したので、夫人にこれを飲んだのですか、と聞くと普段はアルコールを全く飲めないそうだが、故郷に久しぶりに帰るので、ビールでも飲もうかといってぐっと飲んだらしばらくして意識を失くしたという。

 低血圧の人は、アルコールで血圧がぐっと下がるので、これは低血圧発作で意識を失った症状と判断した。前胸部を強く圧迫すると、患者は意識をとり戻し、目を開いた。

 そこで私はこの人を座席に斜めに座らせ、もう大丈夫だから、心配無用と車掌に話した。気がつくと二人の医師は姿を消していた。

 このような患者の症例や処置は、幅広いプライマリケア医学を心得た医師でないと診断も処置もできないのである。私は医師になり70年も診察をやってきたので、この患者への処置ができたのだと思った。


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日野原重明ブログ_顔120_120

日野原重明(ひのはら・しげあき)

誕生日:
1911年10月4日
聖路加国際病院名誉院長
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