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宋美玄のママライフ実況中継

医療・健康・介護のコラム

出生前診断の意味をよく考えていますか

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何でもベロベロなめる娘です。

 9月に入り、娘は満8か月になりました。先週近くの小児科で7か月の乳児健診を受け、発育も発達も問題ないと言われました。興味の対象を見つけるとすごい早さで突進していくので、家族も保育園の先生たちも驚いています。

胎児がダウン症かどうか 高い精度でわかる

 先週、国内のいくつかの施設が、妊娠初期の母体血中の胎児DNAを測定し、ダウン症候群を感度・特異度共に99%以上で検出する検査の臨床研究を始めると報道され、激震が走りました。その検査はアメリカの会社が営利目的で行っているもので、ついに日本人もその検査の存在を知るところとなった訳です。

 ローリスク群の陽性的中率は高くないのであくまでも確定診断ではなく、スクリーニング(疑わしいかどうかを振り分ける検査)という位置付けですが、今までも国内の一部で行われてきたクアトロマーカーテスト(血液検査)や胎児頚部浮腫(超音波検査)などに比べると格段に精度の高い検査である上に、母体の血液を取るだけで羊水検査のように流産の危険がありません。価格にもよりますが、現在、出産全体の約2割を占める高齢妊婦を中心に多くの妊婦が、今後、希望することが予測されます。

「命の選別」につながる検査

 検査の目的は、表向きは赤ちゃんがダウン症かどうかを知ることで心の準備をするためとされますが、実際にはダウン症の子供を持つことを望まず、見つかれば中絶するために検査を受ける妊婦もそれなりにいると思われ、命の選別につながる検査だと言えます。今までも、超音波検査や羊水検査は実際に命の選別に使われてきていますが、再確認しておきたいのは日本では1996年に優生保護法が改正されて母体保護法になった時に、胎児の病気を理由に中絶してはいけなくなったということです。

 しかし、超音波をはじめとした出生前診断の技術は日進月歩で、「病気の赤ちゃんを育てる経済力がないため」「病気の赤ちゃんを育てることが母体の健康を損なうため」との理由付けがなされ、実際には胎児の病気を理由に人工妊娠中絶が行われてきています(もちろん出生前診断の意義は他にもたくさんあります)。母体保護法指定医は、妊婦の希望と法律のすり合わせに苦悩しながら行っているのですが、今まではその事については「臭いものにふた」のように扱われてきました。

国内禁止でも、海外なら可能

 卵子提供や代理母、受精卵の着床前検査による性別の選別など、国内で認められていないものでも外国に行けば行うことができる医療グローバリゼーションの時代ですから、国内で禁止しても血液だけで行う事のできる母体血中胎児DNA検査を排除することはできません。営利目的の外国企業が日本に乗り込んで混乱を及ぼしたり、中絶だけが日本の母体保護法指定医に依頼されたりすることは十分に考えられます。それを懸念して国内のいくつかの施設がきちんと倫理委員会を通した上で母体血中の胎児DNAの臨床研究を行うことにしたのです。

 代理母や卵子提供もそうですが、倫理面での議論や合意形成が不十分なまま技術だけが進歩して行き、規制しても希望する人を止められないのは現代の常であります。厚生労働省は出生前診断に関するガイドライン(指針)を作るように日本産科婦人科学会に要請したそうですが、今の日本にはガイドラインだけでは不十分で、出生前診断と人工妊娠中絶の是非に関する国民的な議論が必要だと私は考えます。妊婦さんと家族、これから妊娠するかもしれない人、子供を持っている人だけでなく社会を構成する人全員に熟考してほしいと思います。

一人ひとりに考えて欲しい

 赤ちゃんの人権はいつから生まれるのか、出生前診断は赤ちゃんのプライバシーの侵害には当たらないのか、親であれば赤ちゃんの運命をどう操ってもいいのか、この命は生まれてこない方がよいなどと判断する権利がある人間なんてこの世にいるのか、逆に妊娠すればどんな子供を授かっても育てていく以外に選択肢はないのか、子供の苦痛や幸福はどうやって推し量ればいいのか。

 もしかしたら出生前診断と告知について深く考えたことのないかもしれない医療者に大事な判断を委ねるより、一人ひとりが熟慮の上で妊娠し、検査を受けるかどうか、産み育てるかどうかを決めて欲しいと思います。

 個人の選択権を大事だと思う一方で、妊婦や家族がいきなり適正な判断を下すのは非常に難しいとも思います。例えばダウン症候群がどんなものなのか、育てていくに当たって何がどう大変なのか、逆に育てていく喜びはどんなものなのか、歪曲も美化もされない情報を得る機会を得ることは通常あまりないのではないでしょうか。

 実は産婦人科医ですら、分かっているとは言いがたいでしょう。病気の赤ちゃんが産まれてしばらくすれば他科の医師に引き継いでいるのですから。産婦人科医だけで出生前診断の是非やシステムを作ることに対する批判は常にあるのです。こういった問題を抱えたケースについてカウンセリングを行っている臨床遺伝専門医に期待がかけられているようです。

すべてが自己責任か

 個人の選択をサポートする必要性がある一方で、全体のことも考えなくてはいけないと思います。例えば、出生前診断が一般化することで、病気の子供を産むことを選んだ親やその子供が、肩身の狭い思いをすることがあってはならないと思います。そして、特定の病気の子供が少なくなることで、そのケアの技術が失われたりしないように留意しなくてはいけないと思います。

 何かにつけて他人に不寛容なこの時代、インターネット上では「病気があるかどうか調べて中絶することができるのだから、病気の子供を産んだ人は自己責任。医療費は自己負担しろ」という過激な書き込みが散見されます。

 近年、何でも自己責任で斬り捨てる風潮がありますが、子供を授かるかどうか、どんな子供を授かるかは人間がコントロールしきれるものではありません。どこにどんな能力を持って生まれ落ちるか分からないからこそ社会で助け合うという共通認識が生まれます。出生前診断の発達はその大前提を覆すものではありません。

 次世代に命をつなぐということは、時に難題を突きつけられるということでもあります。科学技術を人間の叡智(えいち)で上手く使いこなせるよう願っています。

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宋 美玄(そん・みひょん)

産婦人科医、医学博士。

1976年、神戸市生まれ。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。詳しくはこちら

このブログが本になりました。「内診台から覗いた高齢出産の真実」(中央公論新社、税別740円)。

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34件 のコメント

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障害=個性

ひな

ダウン症以外にも、産まれてからわかる障害や、後天的な病気もたくさんあります。検査を受けて中絶に賛成している方は、そのような場合でも、子供を手放す...

ダウン症以外にも、産まれてからわかる障害や、後天的な病気もたくさんあります。
検査を受けて中絶に賛成している方は、そのような場合でも、子供を手放すのでしょうか?
病気するような子は産まれなければよかったと思うのでしょうか。

皆誰しも健康でいられるとは限りません。

極端な話、この先『普通』であることを求められすぎて、あらゆる個性が排除されてしまうのではないか心配です。

多様性を認めない世の中は、健常者にとっても生きづらいですね。

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意見

りんご

生まれてくる赤ちゃんの生命倫理というものを深く考えてほしい。

生まれてくる赤ちゃんの生命倫理というものを深く考えてほしい。

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親の死後のことをどのように考えてますか?

まっちん

お腹の胎児が難病にかかっていて、生まれたとしても病院のベッドの上で死を待つ。それでも産むべきだと思えるのでしょうか?私はそうは思えません。また、...

お腹の胎児が難病にかかっていて、生まれたとしても病院のベッドの上で死を待つ。

それでも産むべきだと思えるのでしょうか?
私はそうは思えません。

また、障害児や難病の子を抱えた親御さんは、自分が死んだり体を壊した場合のことをどのように考えておられるのでしょうか? 誰もが答えようとしてくれません。

以前、ダウン症の人の葬儀に参加したことがあります。参列者は私と他2人以外は身内だけでしたが、10人にも満たないものでした。肩の荷が下りたのでしょうか、60代のご両親は悲しみよりもホッとしてました。

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