文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

これからの人生

yomiDr.記事アーカイブ

[鳥原光憲さん]障害者スポーツ普及に力

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック
7月のパラリンピック壮行会で、選手団主将の土田和歌子さん(左、車いすマラソン)を激励する。「各選手が持てる力を発揮すれば、良い結果が出ると確信しています」(東京都内で)=林陽一撮影

 29日に開幕するロンドンパラリンピック。日本パラリンピック委員会の委員長として現地入りし、会場で選手たちの健闘を見守る予定だ。「2008年の北京大会(27個)を上回るメダル獲得が目標」と意気込む。

 「記録やタイトル以上に、障害を乗り越え、限界に挑む勇気や努力が、見る者の心を揺り動かす。その点は五輪以上ではないでしょうか」

 日本を代表するガス会社の経営者であるとともに、昨年6月に日本障害者スポーツ協会の会長に就任。障害者スポーツを普及、発展させる役割を担っている。様々な大会に足を運び、選手の息づかいを感じながら声援を送っているという。

 昨春、前会長から直々に後任を打診された。未知の世界のことで、「初めは引き受けるかどうか迷ったが、5年前の記憶が背中を押してくれた」と振り返る。

 06年、東京ガスが開いた勉強会の講師に、パラリンピック競泳金メダリストの成田真由美さんを招いた。「障害者スポーツの選手として、普通の人では得られなかった幸せをもらったことに感謝している」と前向きに語る成田さんに、大きな感銘を受けた。「本業の経験も生かし、世の中に恩返しができれば」と、就任を決意した。

 自らも若い時はスポーツ選手として活躍した。高校、大学とサッカー部に入り、東京ガスでも社会人チームに所属。引退後は監督や部長として、チームを取りまとめた。一貫して心がけたのは、「ベストの11人」を選ぶのではなく、各選手の個性を生かして「11人でベストになる」チームづくり。「そこは、企業経営にも通じるところがあります」

 さらに、1993年にJリーグが発足すると、幅広い企業の参画を呼びかけ、自社サッカー部を母体に98年にFC東京を設立した。

 半世紀近くにわたる会社人生の中では、常に「誠実さ」と「謙虚さ」を忘れないよう心がけてきたという。「何をするにも、自分一人の力だけでなく、他人との協力関係が欠かせない。誠実で、謙虚であることこそが、運を呼びよせ、仕事を成功に導くのだと断言できます」

 障害者スポーツは、一般にはまだまだ身近な存在とは言いがたい。今後の目標を、「裾野を広げ、標高を高くする」と山にたとえる。多くの障害者がスポーツに親しめる環境を整え、国際大会での成績も向上させるという意味だ。

 競技用の車いすを用意したり、伴走者を確保したりと、一般の競技以上に費用もかかる。金銭的な支援が十分ではない点が、経済人として歯がゆく感じる。「Jリーグのように、幅広い企業が後押しし、地域に根ざした存在にしたい」。サッカーに加えて「もう一つの宝物」になった障害者スポーツ。「協会長職をバトンタッチした後も、生涯にわたって手助けしていきたい」(田中左千夫)

 とりはら・みつのり 東京ガス会長。1943年、東京生まれ。67年に東京大経済学部卒業、東京ガス入社。原料部長、常務、副社長、社長を経て、2010年4月から現職。同6月からは、全国の都市ガス会社でつくる一般社団法人、日本ガス協会の会長も務める。

※2012年8月27日に読売新聞朝刊に掲載された記事を転載しました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

これからの人生の一覧を見る

最新記事