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[原発避難母子支援団体調査]励ましの言葉、つらい場合も

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 東京電力福島第一原発の事故により、避難生活を送る母子たちは、周囲の人たちの言葉や態度に、支えられたりつらい思いをさせられたりしている。どのような言葉が心に響き、差し障るのか。支援活動を続ける東京のNPO法人が調査し、結果をまとめた。

 震災前に福島県いわき市に住んでいた主婦A子さん(35)は現在、新潟市内のアパートで3人の子どもと暮らす。夫は、仕事の都合でいわき市にとどまっている。

 A子さんは震災翌日から子どもたちを連れ、県内外の親戚宅を転々とした。おなかの中には現在、生後9か月になる三男がいた。

 「放射線から子どもを守らなくては、との一心で、福島を離れることに迷いはありませんでした」

 現在のアパートに引っ越したのは昨年9月。震災から1年5か月たった今でも地元に戻るつもりはない。長男(5)は近くの幼稚園に通っている。

 周りの人は「頑張ってね」と声をかけてくれる。ただ、A子さんは「心配してくれるのはありがたいが、すでに精いっぱい頑張っているので、この言葉はつらい」と打ち明ける。

 同郷の人たちとの会話で、心を痛めることもある。同じく子どもを連れて避難している母親から「いわき市は(福島県内のほかの地域より)放射線量が低いよね」と言われたり、地元で暮らす友人に「戻っておいで。みんな普通に生活しているよ」と諭されたり。

 NPO法人「日本ファーストエイドソサェティ」(東京都北区)は震災直後の昨年3月から、新潟県などで被災地の母子を受け入れる「赤ちゃん一時避難プロジェクト」を行っている。A子さんもその活動を知り、新潟への避難を決めた。

 今回の調査は今年5月31日から3日間、避難生活を続ける福島の母親ら189人を対象に行った。

 震災後、避難するかどうかの決断に影響した言葉や、避難先で声をかけられ、うれしかったりつらかったりした経験を尋ねた。

 福島からの避難を後押ししたのは、「子どもを守ろう」「逃げて」という直接的な呼びかけだった。

 反対に避難を思いとどまらせたのは「大丈夫」という言葉に加えて、「今こそ家族が一致団結」「逃げたら地元には戻れない」という、雰囲気や無言の圧力だった。

 その後の避難先では、「よく決心したね」「来てくれてありがとう」など、母親の行動を肯定したり、感謝やねぎらいを示したりする言葉が、心の支えになっている。

 一方、「神経質なんだよ」「大変だったね」など、突き放されたり、震災は過去のものとの認識を示されたりすると、つらく悲しい気持ちになる。

 同法人代表の岡野谷純さんは、「原発問題を抱える福島の人にとって震災はまだ続いている」と指摘する。

 中には、「『絆』という言葉がつらい」との回答もあった。岡野谷さんは「避難した人は、疎外感を感じているようだ。『子どもを守るために安全な所に避難して』と後押しする気持ちこそ、絆で結ばれていると言えるのではないか」と話している。(利根川昌紀)

NPO法人日本ファーストエイドソサェティ
 災害や事故などで、けがや病気をした際の対処法を普及させるため、救命救急の講習会や救護訓練を行っている。「赤ちゃん一時避難プロジェクト」は、今年3月までに150組の家族を受け入れた。生活支援のほか、医師らに協力を依頼し、精神面でのサポートも行っている。ホームページは、http://jfas.umin.ac.jp/
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