文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

これからの人生

yomiDr.記事アーカイブ

[佐伯チズさん]裁縫とは気配りの教え

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック
「頭の中でこうしたらかわいくなるだろうなって考えたとおりに仕上がるのが一番うれしい」(東京都中央区で)=高橋美帆撮影

 「見て。かわいいでしょう」。キラキラと輝くスパンコールが縫いつけられたTシャツや、レースがあしらわれたテーブルクロスを手に満面の笑みを浮かべる。全て自身が手を加えたものだ。

 欲しいものは自分で作る。裁縫道具は常に手元に置いている。大好きな米国の歌手、マイケル・ジャクソンがプリントされたTシャツには、銀色と赤色のスパンコールをびっしりと縫いつけた。「せっかくなら、マイケルらしくピカピカ、ギラギラにしたいじゃない」

 スパンコールがずれないよう、ステッチが乱れないよう細心の注意を払う。夢中になり作業が深夜に及ぶこともあるが、完成したTシャツを着て鏡の前に立つと、「あらぁ、上手にできた。どうよ、マイケル」と思わずニヤリとする。

 独自の美容理論で「美肌師」と呼ばれ、経営するエステサロンには、その白い肌に憧れる女性たちがひっきりなしに訪れる。そんな女性たちが心地良く過ごせるように、照明の明るさや花瓶に生けた花の配置など細かな所にまで気を配る。「サロンに入った瞬間に『あ、電球切れてるわよ』なんて言っちゃうからスタッフはやりにくいかもね」と笑う。

 きめ細やかな気配りは、裁縫を通して覚えた。終戦後に身を寄せた滋賀県の母の実家では、小学生ながら、洋服を繕ったり布巾を縫ったりと何でも自分でやった。最初は、真っ白なさらし布で運針を練習。縫い目が曲がり縫い幅がバラバラになると、「心が乱れているからよ。布を使う人のことを考えて気を配りなさい」と祖母にたしなめられた。

 神経を集中させ、一針ずつ注意深く進めるように意識すると腕前はめきめきと上がった。「何でも自分で出来るようになりたい」と手に職をつけることも意識するようになったという。

 大手化粧品会社を定年で退職した後、フリーの美容家として活動を始めた。そして東京・銀座にエステサロンを構える。

 「銀座のサロンは長年の夢だった。裁縫のおかげで左右両方の手が器用に使えるようになった。今考えると、それが美容の仕事でも十分に生かされている」

 来年、古希を迎える。「健康にも気を配っています。旬の野菜をシンプルな調理法で食べるのが好き」

 例えば、スライスしたトマトには、じゃこを散らして食べる。栄養バランスを考えた、ちょっとしたアイデアだ。枝豆をゆでる時は、粗塩でもんで表面の産毛を取る下処理を欠かさない。一工夫、一手間を惜しまない佐伯流は、生活のすべてを貫いている。

 少しずつ続けていた裁縫にも、ここ3年ほどは再び熱心に取り組むようになった。「毎日、時間を見つけては針と糸を取り出しています」。今は帽子に取り付けるレースの日よけを作製中だ。「買えば安いじゃないの」と友人には言われるが、手をかけた分だけ愛着が湧く。

 大事な手を傷付けないように、そして、縫い目がぶれないように気を配りながら針を進める。お気に入りの作品が一つ仕上がるたびに、「私、まだまだいけるわ」という自信が湧いてくる。(野倉早奈恵)

 さえき・ちず 美容・生活アドバイザー。1943年、中国東北部(旧満州)生まれ。2008年、東京・銀座にエステサロンを開く。12年から成安造形大学客員教授。近著に「佐伯チズの完全美肌塾」など。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

これからの人生の一覧を見る

最新記事