認知症 明日へ
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[告知]知らせるべきか、悩む医師
認知症の人が適切な治療や介護を受けるには、本人への告知が重要だ。だが、家族が望まない場合もあり、本人の「知る権利」との間で、告知する側の医師も揺れている。
家族が望まない場合も
東京都多摩市の新天本病院老年精神科の杉山恒之医師(39)は、認知症の告知の際に、症状や治療の説明、支援制度、家族会の情報などが書かれた資料を本人や家族に渡している。自治体や医療機関、製薬会社などが作ったものをコツコツ集めるうちに、ファイルの厚さは10センチほどになった。
「年を取れば誰でもなる可能性があり、進行を遅らせる薬もある。今の暮らしを続けることもできると理解してもらうことが大切」
同病院では、診察前に書面で家族に告知の希望を尋ね、基本的に従うようにしている。昨年末に来院した75歳の女性は受診を嫌がり、家族は「ショックを与えたくない」と、本人への告知を望まなかった。診断は、軽度のアルツハイマー型認知症。杉山さんは、本人に病名は告げなかったが、年齢の割に物忘れが進んでいることや、脳が萎縮していることなどを説明した。
治療薬を飲み始めた女性は「頭がよくなった気がする」と話し、今も通院している。杉山さんは「診療を受けてもらうことが大事。受診を嫌がる人を家族が『健康診断に行こう』などと言って連れてくる時は、話を合わせます」と話す。
65歳未満で発症する若年性認知症の場合は、本人の理解力が残っていることが多い。家族の希望で、ほとんどの場合は本人に告知しているという。
告知について、「安易に行うと、本人や家族を混乱させる」と、慎重な立場をとるのは、滋賀県立成人病センター老年内科の長浜康弘副部長(47)だ。
本人の知る権利は尊重すべきだとしながらも、「根本的な治療法がない中で、強いショックを与え、治療拒否を招く可能性がある」と見る。家族や本人が告知を望まない場合があることや、発症初期では診断が難しいことも、告知に慎重になる理由として挙げる。
「私自身は、患者さんと信頼関係を築いた上で、本人や家族の希望、精神状態、生活環境などを踏まえて総合的に判断しており、実際に告知できるのは全体の2割程度」と話す。
これに対し、本人が告知を拒否した場合などを除き、基本的に全員に告げるというのは、日本社会事業大学の今井
「医療法や民法により、治療を行う医師には患者への説明義務があり、認知症の人に対してもそれは変わらない。混乱や治療拒否などのリスクは丁寧な説明と支援で乗り越えるべきだ」と強調する。
認知症介護研究・研修センターが2006年に精神科医や内科医ら約1000人に行った調査では、アルツハイマー型認知症について、80%が「告知は患者に必要」とし、90%が「患者には病名を知る権利がある」と答えた。だが実際には、全ての患者に告知している医師は8%にとどまり、72%が「場合による」とした。全く告知していない医師も10%いた。大半の医師が告知の必要性は感じながらも、実際には、本人の判断力の低下や家族の意向などにより、ためらう傾向が強いことがうかがえた。一方、国立長寿医療研究センターが一般の人に行った調査では、自分が認知症になった場合、告知を希望する人が8割を超えていた。
認知症の増加に加え、人々の意識の高まりや診断技術の向上などで早期診断される例が増えている。
「今後、告知の重要性はさらに高まると見られる。判断能力を失った人への説明や治療の同意をどうするか、議論すべき時期にきている」と聖マリアンナ医科大の山口登教授(59)(精神医学)は話している。(飯田祐子、野口博文)
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