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[由紀さおりさん]童謡や唱歌、無償の愛

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「小さい子どもの合唱の声は、私にものすごくエネルギーをくれるの。かわいくってやめられない」(東京都港区で)=米山要撮影

 幼稚園の体育館や講堂では、いつもステージではなく、園児たちと同じフロアに立つ。「手のひらを太陽に」「シャボン玉」などを振り付けを交えて歌う。園児らも楽しそうだ。今月も、岐阜県内の幼稚園で童謡を歌う会を開いた。

 「こどもの歌を考える会~ソレアード~」を5年前に設立。3年前からは全国の幼稚園や保育園に出向き、園児や保護者らに童謡と日本語のすばらしさをボランティアで伝えている。会員から寄付を募り、幼稚園や小学校などに童謡のアルバムを贈るのも活動の一つ。これまでの寄贈先は1700か所を数える。

 「童謡や唱歌は、四季の移ろい、小動物への優しいまなざし、家族への愛情が、美しい日本語で表現されている日本の財産。親から子どもたちへ歌い継いでもらいたい」。会に参加した母親らからは、子どもを寝かしつける際に童謡を歌うようになったという声が寄せられる。

 「歌を通した思い出は、子どもにとって人生の宝になる。そのことを、子育て中の親に伝え続けていきたいですね」

 3歳で児童合唱団に入り、小学生になると童謡歌手として日本各地をまわった。母が地方公演に同行してくれた。菜の花(ばたけ)に、入り日薄れ――。「(おぼろ)月夜」を歌うと、母を思い出す。小学1、2年だった自分に、着物姿の母が、汽車の窓から畑を眺めて、「菜の花よ。油がとれるし、食べられるのよ」と教えてくれた。熱を出した時は、氷のうをおでこに載せてくれ、やっぱり歌ってくれた。

 亡くなって10年以上たつ母の姿が、歌によって鮮明によみがえり、心の中に生き続けていることを感じる。

 「夜明けのスキャット」でデビューしてから40年以上、姉の声楽家、安田祥子さんと童謡コンサートを始めて25年が過ぎた。経験も年齢も重ねたが、「同じことを繰り返すだけでは、クオリティーが下がってしまう」と気を引き締める。「昨日より今日、今日よりは明日。何百回歌った歌も、歌うたびに自分の受け止め方は違い、新しい発見がある」

 昨年秋には、米国のジャズ・オーケストラ、ピンク・マルティーニと共演したアルバム「1969」が、欧米でヒットして注目を集めた。自身のヒット曲などを日本語で歌ったアルバムが、外国の人の心にも響いたことがうれしい。

 4年ほど前から趣味で陶芸を始めた。時間を見つけて、岡山県の備前焼の窯元に通っている。コーヒーカップ、一輪挿しなど、少しずつ、身の回りに自分の作品が増えてきた。「冷たい土に触る作業は安らげる。これからは、日々の忙しさに流されず、自分の気持ちと静かに向き合う時間も大切にしたい」

 歌い手として、次の世代に、童謡や唱歌を伝え、残していくことは「楽しい使命」だという。「たとえ歌えなくなっても、日本語の歌の良さを伝える話をしていきたい。つえをついたり、車イスに乗ったりしてでも」(谷本陽子)

 ゆき・さおり 歌手。1948年、群馬県桐生市生まれ。童謡歌手としてスタートし、69年に「夜明けのスキャット」で由紀さおりとしてデビュー。女優としても活躍。今年10月、ピンク・マルティーニと国内約20か所を巡るコンサートを開く。

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