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[高橋元太郎さん]素朴に自由に「八兵衛」の器

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「腕の良しあしはよく分からないけど、個展を開かせてもらえるのは長く八兵衛をやらせていただいたおかげです」(東京都内で)=岩波友紀撮影

 「この土の風合いがね、好きなんですよ」

 そう言って自宅の中庭に、自作の花瓶や(つぼ)徳利(とっくり)を並べてくれた。岡山県備前市の窯で焼いた備前焼。上薬を使わず、ざらりとした土の質感と飾り気のない素朴さが特徴だ。

 テレビの人気時代劇番組「水戸黄門」で、食いしん坊でひょうきんな脇役「うっかり八兵衛」を31年間演じた。その役柄から受ける印象が強く、「陶芸が趣味」と聞いた時に意外な気がした。「『型にはまらず、自由にやる』が陶芸のモットー。そこは八兵衛と一緒かもしれません」

 備前焼と出会ったのは17年前。舞台「水戸黄門」の興行で岡山を訪れた時、知人に陶芸家を紹介され、作陶を楽しむように。土をこねると無心になれ、日常を忘れることができた。それに加えて窯に近い瀬戸内の景色は美しく、食べ物もおいしい。陶芸を通じて出会った地元の人たちの温かな人情にも魅了された。

 「水戸黄門」の撮影は京都で行われ、撮影中はホテル暮らし。休みを見つけては車で備前に足しげく通った。現在は東京の自宅に土を送ってもらい、ガレージで形を作って、備前の窯で焼いてもらう。10年ほど前から百貨店で個展も開くほど、技術も上達した。

 「だけど、趣味で作ったものを買っていただくのは何だか申し訳ないと思っています。ですから、売るならなるべく安くしたいし、会場ではお客さんを自分でお迎えするよう心がけています」

 1960年結成の男性アイドルグループ「スリーファンキーズ」の一員として芸能生活を始めた。庶民の娯楽の舞台がラジオからテレビに移り始めた時代。「テレビ型アイドルのはしりだったんです」

 その後、俳優の誘いを受けて時代劇に出演するように。しかし、二足のわらじを履いたままでは共演する先輩たちに失礼と考え、歌をやめて俳優業に専念。もっとも、役者の勉強をしたことはない。当初、大御所が居並ぶ撮影現場で思うように演じられず悩んだ。

 そんな時、初代黄門役を演じた俳優の東野英治郎さんに「演技は努力すれば上達するが、大事なのは人柄」と助言されて、肩から力が抜けた。「他人に負けまいと力んでいた。でも、素の自分を出せばいいと気付いたら気が楽になり、『ご隠居、腹減った!』というセリフがスッと言えるようになったんです」

 振り返れば俳優の仕事も陶芸も自力で切り開いた道ではなかった。声をかけてもらい、素直に応じてきただけ。野心を抱かず、流れに身を任せ、自然体で生きてきたのがよかったのだろうとも今は思う。

 多くの人に支えられ、ここまでやってこられた。今後は、一人でも多くの人に「ありがとう」と言い、「ありがとう」と言われる人生を目標にしたいという。

 「八兵衛さんの作った器を見てみたい、欲しい」と言ってくれる人がいる限り、陶芸も続けていくつもりだ。飾らない実直な人柄が、備前焼の素朴な作品と重なって見えた。(板東玲子)

 たかはし・げんたろう 俳優。1941年、東京生まれ。ジャズ喫茶での歌手活動を経て、60年に本格デビュー。時代劇「水戸黄門」(TBS系)や「大岡越前」(同)など、テレビドラマを中心に活躍。今月31日には東京都内のライブハウスで歌を披露、9月には神奈川県内で陶芸の個展を開く。

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