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宋美玄のママライフ実況中継

医療・健康・介護のコラム

「私らしい出産」とは何だろう

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歯が生えてないのに歯がためのおもちゃをくわえる娘

 これまでのところ、今年の東京は空梅雨みたいで、子連れの身としてはとても楽で助かるのですが、夏風邪が流行しているようです。娘は保育園で十日おきに違う風邪をもらってきて、ここのところはずっと微熱と鼻水と咳で夜も深く眠れないみたいでかわいそうです。

 夫も職場でお腹にくる風邪をもらってきて、娘とうつし合って大変なことになっています。私は幸い喉が痛いくらいで済んでいるのですが、倒れている暇は全くないので、栄養摂って頑張ります。

 先週の「バースプラン」に続いて、今回は「私らしい出産」とは何かについて書いてみようと思います。このキーワードは女性誌の出産特集や、女性医療を特集したムックなどで頻繁に見かけられます。しかし初めに言ってしまうと、私にとってはどうも謎な用語だったのでした。

 数多くの出産を見届けて来ましたが、出産の経過というものは往々にして陣痛や赤ちゃんの回り方に左右され、言い換えると妊婦本人は自分自身の体に振り回されっぱなしなので、「自分らしさ」を発揮できる場面は少ないと思うのです。

 医療行為に関しては、「初めから帝王切開にして欲しい」「帝王切開になってもいいから陣痛促進剤は使わないで欲しい」というような極端な要望や和痛分娩の希望がなければ、必要に応じて行うことになるので、自己表現を挟む余地は通常ありません。

「私らしさ」は施設選びから

 雑誌の特集などによれば、「私らしい出産」とは、主にどの施設で産むかによるようです。つまり、総合病院で産むか、個人病院で産むか。それも、セレブな産院で産むか、自然派か。はたまた助産院や自宅で産むかと言うことです。

 そして、どんな場所で産むか。分娩台か、畳の上か、水中か。また、姿勢はあおむけか、横向きか、しゃがんで産むか。要は多様な出産のスタイルの中で、自分がどれを選ぶか、ということのようです。

 私の印象では、地方では選べる産院が現実的に限られていることもあり、自分らしさを追求する人は少ないですが、都市部(特に東京)では選択肢が多い上に情報に敏感な人が多いせいか、「私らしい出産」を追求する方が多いように感じます。(私が接する人たちがメディア関係者と医療者に偏っているせいもあるかもしれません。)

 追求する方向性は大きく二つに分けられると考えられ、一つは快適さで、典型例はアメニティの充実したブランド産院での和痛分娩。もう一つは「自然」派で、この場合の「自然」とは分娩台や会陰切開、帝王切開などの医療行為を出来るだけ排除した出産を指します。

大切なのは母子の安全

 いずれにしても、一人一人にとって人生に数回しかない出来事ですし、出産には文化としての側面もありますから、多様性が保たれ、個人が自分の考えを元に選択できるというのは良いことだと考えています。

 ただ、産科医として数多くの出産に立ち会い、ローリスクだと思われていた方が尊い命を失いかけた例に何度も遭遇し、また一児の母として子供の存在と健康のありがたみを日々感じている私としては、出産において最も大切なものは母子の安全であると思います。そこを忘れてしまったり、安全なのは当たり前だと思ったりしないで欲しいです。妊婦さんや家族の満足度は二番目に大切だと考えます。

 安全性と満足度の両立において、出産について強いこだわりを持つことは両刃の剣です。自身の思い描いたこだわりの出産が実現されれば大きな満足感が得られますが、こだわりを実現しようとして安全の劣る出産を選び、その結果、母子の健康が損なわれれば当然満足度も下がります。それどころか後悔してもしきれないでしょう(過去の記事「出産方法は誰が決める?」「リスクに納得すればどこで産んでもよいか」も併せてお読みいただけると幸いです)。

高い満足度を求めると

 また、母子ともに無事に出産を終えることができても、自身の思い描いていたような出産にならなければ、満足度は下がってしまいます。以前の記事に、「畳の上で生みたかったのに状態が悪くなって分娩台で産むことになり満足出来なかった、分娩台は満足度を下げる原因じゃないか」というコメントを頂きましたが、分娩台出産そのものではなく、分娩台に対してネガティブなイメージを持っていたことが満足度を下げた原因だと思います。

 また、和痛分娩を希望していたのに、陣痛と麻酔導入のタイミングが合わずに長い間痛みを感じた、なども不満の原因になるでしょう。

 医師や助産師が満足なお産になるように手助けしなくてはいけないということは言うまでもありませんが、あまり「こういうお産をぜひ実現したい」「この施設を選んだのだから思い通りのお産が出来るはずだ」という風に考えない方が、結果的に満足を得やすいと思います。

大事なのは「差別化」?

 また、「自分らしさ」を追求してこだわり出産をする人にしばしば見られるのが、他人の出産と差別化することで満足するということです。つまり、「私は普通の人が体験できないような出産をした」と思うことで満足する人です。自分と同じ出産を大半の妊婦さんが経験するとしたら、何となく面白くないと感じるタイプです。

 そういう人は出産を結婚式などと同列の「イベント」として捉え、自分だけの個性を表現したいと考えているのでしょう(ただ、離れて見ていると、そういう人はたいてい同じようなお産を求める傾向にあるので、むしろ没個性のように思えてしまうのですが)。

他人の出産を蔑むな!

 そこまでは私にとって理解可能なのですが、他人の出産を蔑むことで自分の出産満足度を上げる人がいることに私は怒りを感じています。例えば、「××のようなお産で生まれた子供は目がキラキラしている」などの表現を時々目にしますが、そうでない出産方法で生まれた子供に対する侮辱だと思います。

 バリエーションとして、「良い母乳で育った子の目は輝きが違う」なども見かけますが、そのような客観的に評価不可能なことで他の子供を差別しなければ自己を満足することができない方が問題ではないでしょうか。子供の目は全員輝いていると思うのですが。

 長くなってしまったのでそろそろ終わりにしたいと思いますが、産科医として「こだわり出産をするのは良いが、何かあった時に高次医療機関に負担をかけることを何とも思わないのはやめて欲しい」ということと、「希望していた分娩場所でのお産が叶わず別の施設に受け入れられて出産した場合、こんなところで産みたくなかったという態度を受け入れ先でされると非常に心証が悪い」ということだけ最後に付け加えさせて下さい。

 自分の出産を振り返ってみて、私らしさなんてあっただろうかと考えてみるのですが、やはり元旦に陣痛が来たこと、高齢初産なのに子宮口3cmから2時間で産まれたことというネタ性に尽きると思います。自分らしさとは本来コントロール出来ないところに現れるのではないですかねえ。

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宋 美玄(そん・みひょん)

産婦人科医、医学博士。

1976年、神戸市生まれ。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。詳しくはこちら

このブログが本になりました。「内診台から覗いた高齢出産の真実」(中央公論新社、税別740円)。

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6件 のコメント

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医師にだけ相談ではなく

マザー

ドゥーラ養成が始まったみたいですね。やはり、産前産後の相談が出来る組織があったほうがいいです。女性は初潮や出産という節目を認識できるけど、男性は...

ドゥーラ養成が始まったみたいですね。
やはり、産前産後の相談が出来る組織があったほうがいいです。

女性は初潮や出産という節目を認識できるけど、男性はそのまま大人を過ごしますね。
せいぜい射精くらいなものでしょう。
そこで、カンガルーケアとか立ち会いでヘソの緒を切ったり、帝王切開にも立ち会う。

そういう環境が、妊婦や婦人に対してQOLを高める結果があるのならいいと思います。
どう満足度をあげていくか、今後の課題だと思います。看護師の方もドゥーラ養成は、いいねとツイッターしている人もいます。

看護師や医師の勤務体系も見直す時期でしょう。「日動勤」などもそうですね。
それによって、3人出産してもQOLを保ちながら家族としてまとまっていけば最高だと思います。
悩んだら、今は相談相手となる人と実際に口頭で話すだけも解放されると思います。 

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母子ともに無事であればそれでいい

50歳 母

私の母は高齢初産でした。36歳で私を産みました(50年前です)。胎内での育ちが今一つということと高齢初産なので帝王切開。体重は2300gほどで、...

私の母は高齢初産でした。36歳で私を産みました(50年前です)。
胎内での育ちが今一つということと高齢初産なので帝王切開。
体重は2300gほどで、1週間保育器にいました。
母乳が出ず、ミルク(研究も技術も今よりずっと遅れていたので、品質は今よりすいぶん劣っていたと思います。ミルクだけでなく穀粉とか砂糖とかも入れて溶かしていたようです)。

マイナスばかりのスタートでしたが、私は身長こそ少し小柄ですが(でもクラスで1番前ではありませんでした)何の病気もせず育ちました。
大きなけがや事故もなく、出産以外で入院したことはありません。
50歳の今も、更年期障害すらなく心身ともにいたって健康です。
成績も良く、進学高から国立大学へ。
資格をとり今もバリバリ、フルタイムでハードな仕事をしています。
20代前半に結婚し、健康な子を3人産み育てました(すべて病院にお任せでした。地方の産婦人科の分娩台の上での、ごく普通の出産で安産でした)。
子煩悩な夫とは今も仲良しです。

「高齢出産」「帝王切開」「母乳が出ない」「思い通りの出産ではなかった」と悩む人に言いたいです。
妊娠できただけでラッキー。無事出産できただけでラッキー。
小さなこと、過ぎてしまったこと、自分ではどうしようもないことにくよくよしないこと。
今できることを精いっぱいすればいいのです。
出産の仕方って、その時その時の流行やブームってありますよね。
ラマーズとか、立ち合いとか、カンガルーケアとか。でも、出産ですべてが決まるわけではありません。
まずは、母子ともに無事であればいいのではないでしょうか。

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私もネタだらけの出産でしたw

僻地の産科医

バースプラン、たしかに色々書いてあります。でも結局のところ、「ビリビリに破れてしまいそうだから切らせてもらうね!」と説明すれば会陰切開を嫌がって...

バースプラン、たしかに色々書いてあります。
でも結局のところ、「ビリビリに破れてしまいそうだから切らせてもらうね!」と説明すれば会陰切開を嫌がっていた方でも(ほとんど排臨のところですから)許可していただける方がほとんどです。
ので、母子安全第一でいいのだと思っています。

バースプランは「できれば寄り添える」アンケートにすぎないと私は思っています。
なので、もともとバースプラン提出時に医療介入があり得ることをお話しします。医療よりもバースプランを尊重することはありません。そういった話し合いで、「どうしても!!」という方々にはほかの病院を探していただけることが、そしてそこでも希望通りにはならないことがわかることなどが一番の意味合いなのではないかと思うのです。地域性はもちろんですが、できないことはできない、また実行しようと頑張ればこういうリスクを伴うという話合いの土台になるものなのかなと思っています。(都市部でない勤務はそれはそれでいいものですね)

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