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[一般の部] 入選 「確信の一言」
河南 薫 さん
広島県広島市
47歳 ・ 会社員
私たちは平成元年5月に結婚しました。ごく普通のカップルで、普通に温かい家庭を築きたいと思っていました。
さっそく9月に初めての妊娠が分かり二人で感激。初めて行く産婦人科にもウキウキ気分で行ったのを覚えています。
ところが、超音波に映っている子どもの心音が時期になっても聞こえず、来週も聞こえなければ胎児といえず、堕胎になると言われ驚きました。そして結局、心音が聞こえないまま、子どもをおろすことになりました。
その時はショックで家に帰ってもマンションの階下から聞こえる赤ちゃんの声を聞く度、悲しくて悲しくて仕方ありませんでした。
それから1年後、再び妊娠。天にも昇る気持ちでした。
つわりはひどかったのですが、今度の妊娠は心音も聞こえ赤ちゃんも順調です。毎回の診察で超音波を見るのが楽しみでした。
その赤ちゃんの元気のよいことと言ったら、子宮の中を所狭しと動き回っているのです。私は相変わらずつわりで入院中でしたが、夫も私もうれしくて仕方ありませんでした。
秋が深まる頃、なぜか二人で診察をと言われました。そして、そこで聞いた事実に私たちは奈落の底に突き落とされたのです。
なんと赤ちゃんはもうすでに亡くなっているというのです。そんなことがあるはずがありません!今、目の前に映っている画像では確かに元気に動いているではありませんか。
先生は妊婦を間違えていると私は言いましたが、やはりそうではありませんでした。
診断名は無脳症。赤ちゃんに脳がないのです。初めて聞くその病名は頭がい骨ができておらず、頭皮と発達していない脳だけでできているそうです。
元気に動き回っているのは未発達な脳が、頭皮だけで子宮の壁に当たるため、過大な刺激を受け、その度筋肉が痙攣(けいれん)してあたかも動いているように見えるだけだそうです。
私たちは言葉もありませんでした。
「先生、しばらくしたら頭がい骨も出来てくるのではありませんか?もう少し待ってもらえませんか?」
私はすがるようにお願いしましたが、先生は静かに言われました。
「残念ですが医学的に見ても道理で考えてみてもあとから脳ができたり、頭がい骨ができたりというのはあり得ないことです。」
わかってはいたのですが、どうしてもその事実を受け入れることができないのです。
「それなら産ませてください。」
私は意地になっていたのでしょう。
「産まれてくる子は長い間の刺激で筋肉が異常に発達しており、難産の危険性が高くなります。」
時間がくれば奇跡が起こると本当に思っている私に先生は言われました。
「産まれても1、2分の自発呼吸しかできません。子どもの顔を見ればよけいに辛(つら)くなるでしょう。」
私はすぐには受け入れられず、何度か期待して診察を受けましたがやはり結果は同じでした。その時先生は力強くこう言われました。
「昔は超音波というものがなくて子どもの状態が分からず、出産で初めて事実を知っていました。代々続くこの病院でも20例ほど辛い思いをする産婦さんを見ています。でも今は違います。科学の恩恵を素直に受け入れましょう。世の中には不妊で悩まれている方が大勢いる。貴方は妊娠できる体です。次に産まれてくる子どもたちのためにも子宮を大切にしなさい。必ず子どもはできます。」
厳しくも温かいこの院長先生の言葉で私はやっと、決心することができたのです。
月数が来ていたので小さなお葬式という形もとっていただきました。無力感でいた私は看護師さんたちの温かい看護で少しずつ元気になっていきました。
私は退院後の日記にこう書きました。
「先生の言葉を信じて必ず子どもを産みます!私の笑顔の中から!」
あれから22年。院長先生の言葉通り、長女を筆頭に長男、二女、三女と本当に4人の子宝に恵まれたのです!あの時先生の言葉がなかったら私は意地でもあの子を産んでいたでしょう。そうしたらこの子たちは産まれてこられなかったと思います。
後から聞いた話ですが、院長先生夫妻には子どもがおられず、ずっと不妊治療をご自身でされていたということでした。先生の何とかして無事に子どもを産んでほしいという願いだったのでしょう。子どもたちの笑顔を見るたびに、不妊で悩まれている人たちのためにも、この子たちを立派に育てなければならないと身が引き締まる思いがします。
私の人生を変えてくれた先生の確信の一言に今でも感謝しています。
第30回「心に残る医療」体験記コンクールには、全国から医療や介護にまつわる体験や思い出をつづった作文が寄せられました。入賞・入選した19作品を紹介します。 主催 : 日本医師会、読売新聞社 後援 : 厚生労働省 協賛 : アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社) |
※ 年齢や学年は表彰式(2012年1月21日)当時のものです。 |
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