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日野原重明の100歳からの人生

介護・シニア

老人にとっての思い込み

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 若い時にも間違った思い込みがある。たとえばこれは棚の上に置いたはずだといって、「が実はそこにはなかった」というようなことがあることは誰にも思い当たることがあると思う。ところが齢をとると、その思い込みがさらに深くなる。老人の行動が思い込みから離れられないという事実を最近、私は体験した。

長野県中野市で講演会

 それが起こったのは、去る3月20日のこと。長野県中野市が私の100歳を記念して企画された講演会が中野市民会館で開催された。故郷の中野市で開業しておられた私の京都大学時代の同級生の小田切治正先生は終戦後、満州から故郷の中野市に引き揚げて開業された。私は友人として過去40年にもわたって市民の健康教育について支援してきたが、息子の小田切治世氏が開業を引き継いでいたが、中野市の市長に当選されたのであった。その市長の配慮によって「中野市の伝統と将来のビジョン」と題した講演会を企画された。1200名の市民が私の講演に集まり、この会は大成功に終わった。講演を無事に終えるとすぐ、長野駅から東京へ帰ったが、その時のできごとである。

帰途、いつものように列車の窓枠に切符置く

 私は同行の嫁と共に16時50分発のあさま540号で長野駅を発った。

 私はグリーン車の窓側の指定席に座り、いつものように東京行きの切符を窓枠のスペース上に置き、車掌さんがチェックに来るのを待っていた。私は普通、切符はズボンの後ろのポケットの財布の中に入れておくのだが、車掌さんが来たらすぐに見せられるように窓枠に置いたのであった。

 私は車中ではいつもすぐに原稿を書く習慣だが、車掌さんが一向に現れないのに気づき、窓枠に置いた切符を無意識のうちにワイシャツのポケットに入れたらしいのである。

無意識に切符をシャツのポケットへ

 私はワイシャツのポケットに切符を入れることは時にはあるが、同時にポケット内によくメモ用紙を折って差し込むので、メモ用紙を取り出す時に切符が一緒にはずれ、それが膝の上に落ち、これはあぶないと思って上着の右ポケットに入れたことが何度かあった。

 同行した嫁は、東京駅に着く直前まで私が集中して原稿を書いているのを見守っていたが、いよいよ東京駅に着いたその時、乗客はみな降りてしまったので、「パパ、早く、早く」とせかされて、書類の袋は嫁が持ち、私は急いでコートを羽織り、最後の乗客としてプラットフォームに降りて改札口に行った。そこには女性の駅員さんがいた。

下車したが、切符がない! 「窓枠に置いた」思い込みから離れられず

 私は切符をあちこちのポケットに手を入れて探したけれども見つからず、「そうだ、僕は車中の窓枠に切符を置いたまま飛び出したのだ」という強い思い込みのまま、まさかワイシャツのポケットに一度も指を差し入れなかった。嫁は「いろいろ探しましたが、今、切符は見当りません。次の講演の時間が迫っていますので、何とか通してくださいませんか」と頼んでくれたけれども、「切符がなければ通すことはできません」と言われた。

 窓枠に切符が置かれていれば、車掌が見つけて必ず切符の集積場に持っていくので、そこに切符が届けられるのを待つようにと言われ、嫁はその指示のとおりにしたが、車内には切符は見当たらなかったと言われた。

仮切符の発行後に、切符見つかる

 別の係員が、「今回は仮の切符を発行しておきましょう」と言ってくれたので、私はようやく解放されて東京駅の改札口を出たが、その時、ふとワイシャツのポケットに手をやったら、そこに切符がちゃんと入っていたことに気づいた。

 窓枠に置いたとの思い込みが、私のその後の行動に誤りを生じさせたのである。

間違った思い込み、何とかならないか

 眼鏡はあそこに置いたはずだとの思い込みから全然別のところを探してみたり、ひどい時は眼鏡をかけながら眼鏡を探したり、朝起きて入れ歯を入れたまま、昨夜就寝前に棚の上に置いたはずという間違った思い込みをすることなど、これらはすべて老齢によるものと思うが、このような「思い込みがある」ことを、当人が何とか意識上にのぼらせる過程はないかと考えさせられる今日この頃である。

車内検札の省略、後で知る

 なお、東海道新幹線以外は、たとえば東北新幹線や上越新幹線などでは車掌さんの検札は略されているということを後で知った次第である。

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日野原重明ブログ_顔120_120

日野原重明(ひのはら・しげあき)

誕生日:
1911年10月4日
聖路加国際病院名誉院長
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