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宋美玄のママライフ実況中継

医療・健康・介護のコラム

「自然出産」を礼賛するメディアの背景

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オルゴールを聴きながら眠る娘。子守グッズは重宝しています

 先週末、日本産科婦人科学会が開催されました。幸運にも実家のある神戸で開催されたので、娘を預けて参加してきました。託児所があるので子連れのドクターも多く、中には子連れで講演を聴いている方もいました。出会う人皆からお腹に視線を注がれたのですが、まだたるんでいるのであまり見ないで欲しかったです。


 先日、用事があって、ある新聞社に行きました。娘を連れて行ったので編集部の人たちと出産話に花を咲かせていると、そのうちの1人の方が自然出産信仰で有名な「産婦人科医のいる助産院」のような施設でお産をされたことが分かりました。私は興味津々だったのでいろいろ話を伺いました。

自然出産のてん末

 その施設のドクターは非常に「自己管理(特に体重と運動)」に厳しく「そんなんじゃ自然出産できないよ!」と度々叱責されるそうです。その方はそれが辛くて分娩場所を変えようかと考えたこともあったらしいのですが、同じく新聞社に勤めるご主人がその施設に心酔していたため、結局そこで産むことになったそうです。

 陣痛が来てから37時間かかってなんとか経膣分娩されたそうなのですが、もの凄く大変な思い出になったそうです。会陰保護にこだわったせいだと推測するのですが、赤ちゃんの頭が出かかった状態で長く留められたため、会陰は裂けずに済んだものの産後に感覚が麻痺して尿もれが激しくて大変だったそうです。

 その方は、「年齢のこともあるし、大変な思いをしたので出産はもう考えられない。自然分娩によって、子どもへの愛着が特別に増したとは思えない。自然分娩であってもなくても、子どもへの愛情は変わらない」と話していました。

追記 : その方は、辛いこともあったけれど、その産院で産んだことは後悔しておられず、厳しい指導のおかげで妊娠中はずっと健康でした。生まれた子どもも病気知らずで感謝されているとのことです。

自己管理指導の落とし穴

 多くの助産院や自然出産を謳う分娩施設では、安産を達成するために厳しく自己管理を指導される事が多いようですが、それには落とし穴があると思います。

 まず、自己管理したからと言って安産できる訳ではありません。骨盤の形や陣痛の強弱、赤ちゃんの回り方は自己管理によって変えられるものではなく、皆が医療介入を必要とせず経膣分娩できるという訳ではありません。

 逆に、特別自己管理らしいことをしなくても、出産の約9割は医療介入を必要とせず自然に産まれるため、安産だったからといって自己管理のおかげとは言えないのです。

 もちろん妊娠中の健康的な食生活と適度な運動は良いことですが、それによって「出産は自己管理でコントロールできる」という間違った全能感を持つことは危険だと思います。出産に続く子育ては親の思い通りにコントロールすることは出来ませんし。

帝王切開は「敗北」か

 安産は自己管理で得られるという考えを持ってしまうと、帝王切開は「敗北」になってしまいます。その方によれば、病院に搬送されてしまって帝王切開になった方はその施設の集まりなどには来なくなってしまうそうです。

 私が臨床で出会う限りでも、「前の出産で下から産めなかったから」とVBAC(帝王切開後経膣分娩、約100人に1人子宮破裂が起こる)を希望する人は後を断ちません。緊急時の体制が整った施設でのVBACは、もう一度帝王切開をするよりも母体への負担が少ないというメリットもありますが、赤ちゃんにはリスクを負わせることになります。

 また、昨今の産科医不足によりそのような施設は激減しています。

 しかし、助産院や「産婦人科医のいる助産院」の中には体制が整っていないのにVBACを扱っているところもあり、緊急時に搬送を受け入れる高次医療施設では問題となっています。そのような施設でVBACをするということは、安全性より産み方にこだわっているということなのでしょうか。それとも危険性を甘く見ているのでしょうか。

マスコミ業界に多い助産院分娩

 助産院での分娩や自宅出産は分娩全体の約1%しかないはずなのに、その新聞社の社内には他にも助産院や自宅で出産した人たちの名前が上がっていました。他にも、取材などでマスメディアに関わる方とお話していると助産院分娩をされた方の話を聞く機会が時々あります。しかも、キャリアを積んでから高齢という危険因子を持ちながら助産院分娩をする人が多いようです。

 何故その業界の人たちが一般にはあまり選ばれない分娩施設を選ぶ傾向にあるのかはっきりとは分かりませんが、何かを表現する職業なので「普通じゃつまらない」、「私らしく」というこだわりを持たれるのかも知れませんね。マスメディアから流れてくる情報に、病院不信と自然出産賛美の匂いを感じることは度々あるのですが、その背景を垣間見たような気がしました。

医療介入は最小限がいいけど

 多くの産科医が医療介入は必要最小限にすべきだと考えていますし、私も自然経過に任せたお産やリラックスできる雰囲気は好きです。いろんな病院に勤めてきましたが、出産の管理や雰囲気は病院によって様々です。多数派だからと言って病院のお産が完璧だとは思いません。

 妊婦さんに満足してもらえるケアには人手やコストがかかるのは事実ですが、人手不足を言い訳に1人1人のお産をなおざりにしてはいけないし、病院助産師も分娩介助の技術をもっと磨いて、仰向け以外の姿勢で出産できるといいと思います。ですから、病院での出産に不必要な医療介入をされるのではないかという不信感や出産の多様性を認めてほしいという希望は理解しているつもりです。

 ただ、独立した助産院は何かあった場合に高次医療施設へ搬送するのにタイムラグが生じ、搬送先へも負担がかかります。なので、院内助産院のような体制が望ましいです。

すべての出産を肯定してほしい

 ただ、ペンという力を使って「自然出産」や助産院のような施設を賛美し、病院での出産を暗にけなすことはすべきでないと思うのです。どんな出産になっても、子供を産めば母親となって子育てをしなくてはなりません。ごく一部の出産を理想として礼賛し、一般の方に刷り込むよりは、すべての出産を肯定する方が多くの人が救われるペンの使い方ではないでしょうか。

 ということを、その新聞社で熱く語ってきてしまいました。互いに批判し合うことの多い医療業界とマスメディアですが、お互いに顔が見えるようになれば関係性が変わるかも知れないと思っています。双方とも皆の健康を願っているのは同じでしょうから。

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宋 美玄(そん・みひょん)

産婦人科医、医学博士。

1976年、神戸市生まれ。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。詳しくはこちら

このブログが本になりました。「内診台から覗いた高齢出産の真実」(中央公論新社、税別740円)。

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21件 のコメント

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ドイツのVBAC

かこ

「ドイツでは次の出産まで1年以上開いていれば1回目が帝王切開でもとりあえず普通分娩」というのは正確ではありません。下のリンクにも記述してあります...

「ドイツでは次の出産まで1年以上開いていれば1回目が帝王切開でもとりあえず普通分娩」というのは正確ではありません。

下のリンクにも記述してありますが、1人目が帝王切開になった理由が、その時に限定された出産異常だったのか、母親側の問題だったのかによって、VBACのリスクの程度は大きく変わります。

ドイツは、意思決定のリスクと責任が本人に問われる国なので、VBACのような重要な選択は出産する本人が慎重に考えてから行うべきあって、医師に薦められるがままに行うのは危険だと思います。「1回の帝王切開なら何の問題も無い」という医師の無責任な発言にも疑問を感じます。

日本にいても、海外にいても「この国ではこうですよ。」と公に発言するならば、自分の経験だけではなく、十分に勉強してからにしましょう。

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産まれてくる赤ちゃんを最優先に

doris

はじめまして。3人の子どもを持つ母親です。3人ともに初期の激しいつわり、切迫流産、切迫早産で入院し、3人目の時は寝たきり妊婦で子宮口をしばる手術...

はじめまして。
3人の子どもを持つ母親です。

3人ともに初期の激しいつわり、切迫流産、切迫早産で入院し、3人目の時は寝たきり妊婦で子宮口をしばる手術も行い、医療のおかげで無事出産できました。

持病があるため薬を内服しており、母乳で育てる事はできませんでしたが、人工栄養という素晴らしい物のおかげですくすくと成長してくれました。

出産は赤ちゃんを無事に産む事が最優先されるべきであり、産む手段にこだわるのは大人の勝手な自己満足だと思います。

どんなに気を付けていても、何が起こるか予測できないのが出産だと身にしみています。

日常的に医療の恩恵にどっぷりとつかっている私達が、いざ出産になると医療を否定するような発言をするのも身勝手すぎると思います。


病院でも助産院でも、帝王切開でも経膣分娩でも、母乳でも人工栄養でも、赤ちゃんが無事に産まれ、すくすくと育ってくれたらいいと思います。

出産に正しいも間違いもないと思っています。




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帝王切開の扱い、そろそろ変わるべき

細田恭子

帝王切開情報サイト「くもといっしょに」の代表です。3人の娘を帝王切開で出産し、12年前に帝王切開出産ママたちの心のケアを目的としたサイトを立ち上...

帝王切開情報サイト「くもといっしょに」の代表です。
3人の娘を帝王切開で出産し、12年前に帝王切開出産ママたちの心のケアを目的としたサイトを立ち上げました。

12年経ち 医療技術は間違いなく向上しているのに、サイトにいらっしゃるママたちの悩みは、何年経ってもほとんど一緒なんです。
・母親学級で帝王切開だと伝えたら、参加しても仕方ないわよと言われた。
・産後の検診で出産方法に○をする部分で「異常~帝王切開~」と書かれている紙に
 ○をする寂しさを初めて知った
挙げたらきりがありません。
みなさん、帝王切開自体がイヤなのではありません。
・・・もちろん手術が怖いという方はいらっしゃいます
帝王切開は、我が子と無事に会うことができた大切な出産方法。
帝王切開で「できないこと」が多すぎることがイヤなのです。

赤ちゃんを救うための帝王切開は必要です。
でも、安易な帝王切開は絶対に増やすべきではありません。
切らない方がいい場所は切らない方がいいのです。
これは出産に限った事ではありませんよね。
VBACが危険な方法であるならば、VBACを望まなくて済むよう
最初のお産をもっともっと大切に扱ってほしいのです。

そしてここから先、帝王切開率が減少することはないでしょうから
早急に帝王切開出産女性への心のケアをすべきです。
お産の振り返りを開催していますが、自分の思いを口にして
ようやく親子になれたとおっしゃる方もいらっしゃいます。
もったいないです。
「大切なのは産み方よりも育て方」こんなコンセプトで、サイトを続けています。

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