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永広信治 徳島大脳神経外科教授(上)柔道事故 ゼロ目指せ

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 奇麗に決まった「イッポン」。柔道の技は見た目にも鮮やかだ。しかし、投げられて頭を打ち、死亡や重い障害を負う危険性もある。徳島大脳神経外科の永広信治教授(60)は中学の柔道部時代、後輩の事故を目の当たりにした。4月に中学校の授業で、武道が必修化され、多くの学校が柔道を選択した。すそ野が広がる一方、事故の危険も増すだろう。永広さんは、悲惨な事故を防ぐため、原因を分析し、安全な練習法を広める活動に取り組んでいる。

学生相手に投げ方や受け身を指導する永広さん(中央)=長沖真未撮影

 

眼前で後輩が大けが

 <「負けなし」の柔道部として知られた熊本市立藤園(とうえん)中時代、後輩の1年生が練習中、事故に遭った。一命はとりとめたが重い後遺症が残った>

 私が3年生で主将を務めていた時に事故は起きました。後輩は、5月頃、先生が来る前の練習で、別の選手に背負いで投げられ頭を打ちました。一度立ち上がりましたが、再び倒れてしまいました。

 初心者でしたが、受け身の練習をしっかりやっていたので、危険だと考えずに投げ技の練習にも参加してもらっていたのです。後輩は、病院へ運ばれましたが、重い障害が残りました。

 指導者がいない中での練習で、主将だった私にも責任があります。思い返す度に、本当に申し訳ないという思いに駆られます。

 <小学4年の時、恩師の勧めが柔道との出会いだった>

 父親が警察官で、近所に住んでいた当時の県警本部長が「柔道をやらないか」と誘ってくれました。熱心な方で、「やります」と返事した翌日には子供用の柔道着を届けてくれました。警察署の1部屋を道場にして指導され、藤園中の生徒も多く通っていました。熊本の柔道を強くしてくれた貢献者だと思います。元来、体が弱かったのですが、柔道で体を鍛え健康への自信が付きました。

 中学の私の6年後輩に、ロサンゼルス五輪(1984年)金メダリストの山下泰裕さんがいます。「負けなし」は、先輩たちから山下さんの時代まで12年間続き、団体公式戦で負けた記憶はありません。「負けられない」。重圧の中での練習はつらいものでした。休みは正月の2日間だけ。“柔道漬け”の日々でした。

 主将となった3年の時は、全国大会がまだない時代で、県大会と九州大会の団体戦で優勝し、厳しい練習をやり遂げたという達成感を味わうことができました。

 <勉強にも打ち込み、地元・熊本の進学高から、熊本大医学部に入学した>

 兄の勉強熱心につられ、勉強するようになりました。疲れていても勉強を続けられたのは、柔道で培った集中力のおかげだったと思います。

 高校、大学でも柔道は続け、高校2、3年は中量級で、大学1年では軽量級で九州大会個人戦で優勝しました。高校3年の決勝では、後にモントリオール五輪(76年)で銀メダルを取った選手に勝つことができました。「努力はうそをつかない」。そう実感しました。

中、高校生の悲劇多く

 <中学での後輩の事故は、人生に大きな影響を与えた>

 頭を打って倒れた姿が、頭から離れませんでした。そのことが医学部に進学し、事故や病気で脳に障害を負った人たちを治療する脳外科医の道に進むきっかけになりました。

 76年に脳神経外科医となり、昨年末までに脳腫瘍など1500件以上の手術を経験しました。しかし、柔道事故の患者を直接手術した経験はありませんでした。

 2年前、全日本柔道連盟の医科学委員会から「柔道事故の防止策を考えたいが、脳外科の専門家として手伝ってほしい」と連絡がありました。その時初めて、事故が毎年のように相次いでいた事実を知ったのです。

 <名古屋大の内田良准教授によると、柔道事故で死亡した中学・高校生は、2010年度までの28年間で114人。重症者も09年度までに275人にのぼる>

 まさか自分の目の前で起こったような重大事故が、こんなに起きているなんて。愕然(がくぜん)としました。それと同時に、自分は柔道家としていったい何をしてきたのか、何をきっかけに、何のために脳外科医になったのか。そう思うと情けなくなりました。

 そして、脳外科医で柔道家の自分がしっかり事故を分析し、柔道の安全に貢献しなければいけないと強く思いました。事故をゼロにしようと心に誓ったのです。(聞き手 浜中伸之)

 1951年生まれ、熊本市出身。76年に熊本大医学部を卒業。同大学医学部助手(脳神経外科)などを経て、97年に徳島大学医学部脳神経外科教授。2005年から同大脳卒中センター長兼任。全日本柔道連盟・安全指導プロジェクト特別委員会委員。柔道五段。
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