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からだコラム

[がんの診察室]抗がん剤やめ、穏やかな時間

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 「抗がん剤をやめるなんて考えられません」

 Fさん(57)は、11年前に乳がんの手術を受け、その後まもなく、骨と肝臓に転移が見つかりました。それ以来、抗がん剤治療、ホルモン療法、骨への放射線治療など、休むことなく治療を続けてきましたが、病状は徐々に進行しています。これまでに使った抗がん剤は19種類、ホルモン療法は6種類。繰り返し使っている薬もあります。

 私の転勤で、ここ数年は別の医師の治療を受けていますが、時々、私の診察室にもやってきます。私は「抗がん剤をしない方が、穏やかな時間を過ごせるはず」と提案してきました。

 でも、Fさんは「副作用より何もしないことの方が耐えられない。頑張る姿を家族に見せたい」と、治療にこだわりました。副作用で体調を崩しても、「次の抗がん剤を使うために元気になりたい」というFさん。抗がん剤が生活のすべてになり、追いつめられているようでした。

 「抗がん剤のために生きているわけじゃない。治療のことで悩むのはもうやめにしましょう」。私は、改めて強く主張しました。

 先日お会いしたFさんは、今までにない穏やかな表情で言いました。「抗がん剤はやめます。治療しなくてよいという意味が、ようやくわかりました。はっきり言ってもらって気づかされた」

 10年以上、病気や治療と向き合い、悩み抜いて、たどりついた結論でした。

 「家族と一緒の時間を大事にしたい。桜を見に行くのが今の楽しみ」と話すFさんの笑顔に、人間本来の美しさを感じました。(虎の門病院臨床腫瘍科部長、高野利実)

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