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からだコラム

[がんの診察室]「抗がん剤」にはない答え

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 福島県の加藤百合子さん(57)が私の診察室にやって来たのは2001年のことです。夫(当時47歳)に代わり、セカンドオピニオン(担当医以外の意見)を聞くためでした。

 夫は食道がんが全身に転移し、担当医から「もう治療の手立てはない」と告げられたそうです。その言葉を受け入れられず、「何か治療法はないか」と、必死な思いで来られたのです。話を聞くと、確かに抗がん剤で病状を改善するのは困難な状況でした。

 加藤さんは、「1%でも望みがあれば、かけてみたい」と涙ながらに訴えました。でも、「1%の望み」を具体的に思い描けているわけではなく、ひたすら「何とかしてあげたい」と繰り返しました。治療自体が目的になっているような印象を受けました。

 1時間半ほどの対話の中で、私は何一つ、加藤さんが求めていたものを提示できませんでした。逆に、加藤さんの期待とは正反対の、医学の限界について説明したのです。

 「抗がん剤がすべてだと思い詰めると、見えなくなるものもあります。ご主人とのこれからの時間で一番大切なのは何か、そのためにできることは何か。その答えは『抗がん剤』ではないはずです」

 診察室を後にする時、加藤さんは泣きはらした顔に微笑みを浮かべて言いました。「なんだか希望がわいてきて、楽になりました。これからも、主人と一緒に進んで行ける気がします。ここに来てよかった」

 半年後のお手紙には、加藤さん自身が精神的に追い詰められて、衝動的に私の診察室を訪れたということ、そして、その日から別れの日まで、穏やかな気持ちで夫に寄り添えたということが書かれていました。

 東日本大震災の影響で、現在、避難生活を送る加藤さん。夫との最後の日々の思い出に、今も支えられているそうです。(虎の門病院臨床腫瘍科部長、高野利実)

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