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認知症に向き合う医師・長谷川和夫さんインタビュー全文(1)判定テスト開発から、もう40年

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 傘寿を過ぎてなお、認知症の人に向き合い続ける医師がいる。長谷川和夫さん(83)。診断に広く使われる「長谷川式認知症スケール」の開発者でもある。認知症に関心を持ったきっかけや、認知症を巡る今と昔、そしてこれからについて聞いた。(竹内芳朗)

長谷川和夫(はせがわ・かずお)
 1929年、愛知県生まれ。慈恵医大卒。同大助教授、聖マリアンナ医大教授、同大学長、認知症介護研究・研修東京センター長などを歴任。

 ――「長谷川式認知症スケール」とはどのようなものですか。

 「今日は何年何月何日、何曜日ですか」「100から7を順番に引いて下さい」といった9つの質問への回答で、認知症かどうかを判定する簡易テストです。30点満点で20点以下は認知症の疑いが濃くなります。

 精神科医として慈恵医大(東京)に勤めていた1966年、「認知症診断の物差しを作ったらどうか」と指導教授に勧められたのがきっかけです。多くの高齢者に協力してもらい、なるべく簡単に、短時間で判定できるよう工夫を重ね、74年に完成しました。私と認知症との本格的なかかわりはこのテストの開発からですから、もう40年以上になりますね。

 ただし、テストの結果だけで認知症と診断するのは誤りです。認知症でなくても、うつ病や体調不良などの影響で、点数が低くなることもあり得るからです。問診や家族からの情報を参考にします。そして脳の画像診断なども加えた総合的な判断が重要です。

 ――今も診療に携わっているのでしょうか。

 最近、街角のクリニックで週に1度、主に認知症の人を診ています。日々、勉強させてもらっているという気持ちです。

忘れられぬ患者…病気と向き合い続ける原点に

 ――認知症診療の今と昔を比べるとどう変わりましたか。

 昔は認知症と診断しても、医師ができることは何もありませんでした。「残念ながら」と病名を伝え、落胆する患者と家族を前に、無力感や屈辱感を覚えたものでした。

 1983年に診たある患者のことは忘れられません。その人は53歳の牧師の男性で、オルガンの演奏などをする教会音楽の専門家でした。ところが、認知症のせいで譜面がよめなくなり、車の運転など日常生活にも支障を来すようになりました。

 私は診断を下したものの、治療するすべはありません。牧師をやめて故郷の九州に帰ることになった際、医師あてに紹介状を書くくらいしかできませんでした。

 2003年、その人の奥様にお会いする機会があり、2000年に亡くなられたことを知りました。遺品整理の際、「僕にはメロディーがない 力がなくなってしまった僕はもう立ち上がれないのか 帰ってきてくれぼくの心よ」などと、苦しい心境をつづった五線紙が見つかったそうです。きっと発病当初のものでしょう。

 その五線紙を拝見した時、大きなショックを受けました。自分自身が少しずつ失われていくという認知症の人の悲しみを私は理解できていただろうか、と自問しました。この人との出会いは、今でも私が認知症の人と家族の力になりたいと、向き合い続ける原点になっています。

 現在は昔と違い、医師にできることがあります。1999年に、認知症の中で最も多いアルツハイマー型認知症の症状の進行を遅らせる薬「アリセプト(商品名)」が登場し、2010年にはさらに3剤が加わりました。症状に応じてこれらの薬を処方するという役割です。「一緒に考えていきましょう。何でも相談してください」と声をかけることができるようになったのです。

 認知症は一部の特殊な例を除いて、大半は治らないのが現状です。薬も症状の進行をゆるやかにするだけで、根治薬ではありません。でも、進行がゆるやかになれば、患者が自分らしく暮らせる期間を少しでも長く維持でき、家族の負担も減ります。そういう意味で、薬の登場は大きな進歩です。

 また、テスト以外の画像診断技術も、従来のコンピューター断層撮影法(CT)に加え、磁気と電磁波で脳の状態を調べる磁気共鳴画像(MRI)や、脳血流を調べる単光子放射型コンピューター断層撮影法(SPECT)なども登場し、診断の精度が高まりました。(続く)

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