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終末「胃ろう」に波紋…医学会「中止も選択肢」

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患者の尊厳重視 / 切り捨て懸念

 高齢者の終末期医療において、おなかの外から胃に穴をあけ、管で栄養を送る「胃ろう」の中止も、選択肢として考慮する必要があるとの見解を、日本老年医学会がまとめた。尊厳ある最期を迎えるため終末期医療はどうあるべきか、医療者や患者家族それぞれに、重い課題が投げかけられている。(医療情報部 針原陽子、藤田勝)

「良かったのか」

 「胃ろうをつけて、本当に良かったのか」。埼玉県の女性(74)は、入院中の夫(78)に会いに行くたび、こんな思いにとらわれる。

 4年ほど前、認知症と診断された夫は、徐々に食事を取らなくなり、2年前に入院。主治医から「胃ろうにしないと死を待つばかり」と言われ、女性は承諾するしかなかった。

 地域の世話役を務め、社交的だった夫。今はほぼ寝たきりで意思表示もできないまま、人工的な栄養によって生きながらえている。「夫は幸せを感じているのか。本当に生きていたいのか」と、女性は悩む。

 食べられなくなった時、胃ろうをつけるのかどうか。高齢者の終末期医療において、医師や家族が直面する大きな課題だ。

知識広がる

 こうした中、日本老年医学会(大内尉義(やすよし)理事長)は1月末、「高齢者の終末期の医療及びケアに関する立場表明」を10年ぶりに改訂した。「何らかの治療が、本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させたりする可能性があるときには」と前置きしたうえで、胃ろうや人工呼吸器設置などについて「差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮する必要がある」と、初めて言及した。

 同学会倫理委員長の飯島(せつ)・筑波大教授は「10年前は時期尚早とされたが、胃ろうについての一般人の知識が広がり、『胃ろうにしたくない』と考える人も増えている」と、改訂の理由を説明する。

医療機関の事情

 胃ろうは、栄養状態の改善効果が高く、つけることによって体力が戻り、再び口から食べられるようになるケースもある。

 ただ、これだけ普及した背景には、医学的理由だけでなく、経営の面から入院日数を短縮したい医療機関側が、まだ口から十分に食べることができない患者を早期に転院させるために胃ろうを作ったり、食事介助の手間や誤嚥(ごえん)のリスクを嫌う介護施設が、入所者に勧めたりするケースも多いとされる。

胃ろうをつけた患者を診察する草津総合病院の伊藤明彦医師(奥)(滋賀県草津市で)

 胃ろうがその患者に適しているかどうか慎重に検討し、患者や家族に時間をかけて説明をしている草津総合病院(滋賀県草津市)の伊藤明彦・消化器内科副部長は「もし効果がなくなってきても、一度始めたものを中止するのは現実には難しい。つくる前に、効果の有無をできるだけ確認したうえで判断すべきだ」と話す。

 今回の立場表明について、桜台江仁会病院(札幌市)の宮本礼子・認知症総合支援センター長は「現状では、患者が望まない終末期医療が行われて、本人の尊厳を損なっている場合がある」と、歓迎する。

 一方、高齢者医療の切り捨てを懸念する声もある。横内正利・いずみクリニック(東京都羽村市)院長は、「患者本人や家族が『胃ろうにしたくない』と思うなら、その気持ちは尊重すべきだ。しかし、『認知症末期の人は胃ろうにすべきではない』などの考えが当たり前という風潮が広がるのは、国の医療費抑制の動きに取り込まれる恐れもあり、許されない」と指摘する。

胃ろう
 おなかに1センチ未満の小さな穴を開けて管を通し、胃に直接、栄養剤を注入する。点滴や鼻からのチューブによる栄養剤注入などに比べ、十分な栄養が取れ、感染症の危険や患者の苦痛が少ない、経口摂取と併用できる――などの利点がある。日本では2000年前後から急激に普及し、全日本病院協会の推計では、全国で26万人に使われている。

認知症末期 欧米「利益少ない」定説

 会田薫子・東京大学特任研究員(医療倫理学)によると、認知症末期の胃ろうについて、研究の進んでいる欧米では否定的な見方が主流だ。米国アルツハイマー協会は「アルツハイマー末期で嚥下(えんげ)摂食困難になった患者に、利益をもたらすという医学的証拠はない」との指針を出している。

 また欧州静脈経腸栄養学会は「胃ろうが誤嚥性肺炎や褥瘡(じょくそう)の発生を減少させ、患者の生活の質を改善させるという医学的証拠はない」としている。

 会田特任研究員は「がんの終末期と同様、認知症の終末期も、水分や栄養はあまり与えないほうが患者にとって苦痛が少ない。米国では、少なくとも認知症末期の患者に対する胃ろうなど人工栄養補給の効果はないというのが定説だ」と話す。とは言え、介護施設などで使われている実態はあるという。

 日本では終末期医療に関し、厚生労働省が2007年に方針決定に関する指針を定めた。富山県の病院での人工呼吸器外しが問題化したことを受けたものだ。

 厚労省指針では、患者の意思確認ができる場合は、本人の決定を基本に医療・ケアチームで方針を決める、意思確認ができない場合は、医療・ケアチームが家族と話し合い、患者にとっての最善を考えて方針を決める――などとしている。

 指針は、適切なプロセスを経た上での延命中止は認めているが、延命措置の中身や具体的な中止手順、医師の免責基準には触れていない。そのため、医師の間では「実用性がない」「延命中止で訴えられる不安は消えない」などの声も強い。

 日本救急医学会や日本医師会も同年、終末期指針を定めている。

 日本救急医学会の指針は厚労省指針より一歩踏み込み、終末期を明確に定義したうえで、延命中止の手段として具体的に、人工呼吸器の中止や人工透析を行わないこと、水分・栄養補給の制限や中止などを挙げている。

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