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[外傷後成長]逆境、人生の糧とするには

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 人生を揺るがすようなつらい体験を経て、人は成長することがある。「ポストトラウマティック・グロウス(外傷後成長、PTG)」という概念として研究され、どん底で自らを支える希望の力に注目が集まっている。(岩永直子)

トラウマ後の希望、研究進む

阪神大震災で母を亡くす経験をした後、医師になる夢を実現させた尹玲花さん(東京・中央区の聖路加国際病院で)=片岡航希撮影

 聖路加国際病院(東京都)の医師、尹玲花(いんれいか)さん(32)が阪神大震災で母親を亡くしたのは15歳の時だ。

 あの日、神戸市の自宅で激しい揺れに跳び起きた時、母は近所の喫茶店で開店準備中だった。3日後、母はがれきの下から遺体となって見つかった。自宅も全焼。知り合いも大勢亡くした。

 「直後は今日生きるのに精いっぱいで、失ったものの大きさに向き合う余裕はありませんでした」。震災の話題は避け続けた。やり場のない悔しさをぶつけ合い家族関係も一時悪化した。

 震災体験に向き合えたのは高校入学後、生活も落ち着き進路を考え始めた時だ。「なぜこんな目に遭ったのか」という問いは、「この体験に意味を見いだしたい」という願いに変化した。

 思えば、つらい時周りから優しさをもらった。避難中毛布をかけてくれた見知らぬ人、励ましてくれた先生、家族――。いつしか、生死の間で苦しむ人を支える医師という夢が定まった。

 最初の医学部受験は失敗。理数系は苦手だったが、決意は揺らがなかった。浪人中に出会った今の夫は、時折不安定になる自分を支え続けてくれた。1年後、愛媛大学医学部に合格した。

 そして今、乳腺外科医として働く。「心がけているのは患者や家族は自分の家族と思って寄り添うこと。震災体験は私の生き方に影響を与え続ける原点」と話す。

 逆境が人を育てるという発想は古くからあるが、PTGとして研究が本格化したのは1990年代からだ。心理、医療、福祉などの分野で研究が進み、がん、事故、大事な人の死など様々な体験で報告されている。

 長崎ウエスレヤン大学講師の開浩一(ひらきこういち)さんの研究では、頸椎(けいつい)を損傷した人が、「弱者の気持ちがわかるようになり人に優しくなった」と実感したり、雲仙普賢岳噴火の被災者が、別の災害被災者に対する支援の気持ちを深めたりなどのPTGが見られた。開さんには東日本大震災後の絆の強まりもPTGと映る。

 ただし、PTGは誰にでも表れるわけではない。生活が落ち着くまでの時間の経過や、当事者の痛みに寄り添い、生活上の困難を軽減する周囲の支援も必要となる。

 「支援者はハッピーエンドが待ち受けているように誘導してはいけない」と開さんは注意する。自身も学生時代の事故によって車いす生活を送る開さんは、「トラウマの出来事は遭わないに越したことがないし、PTGが表れても苦悩が消えるわけではない。私も後遺症で体調が悪い時はPTGなんてどうでもいいと思いますから」と話す。

 尹さんは今でも震災の映像を見る度にあの時の絶望感がよみがえる。東日本大震災の支援も恐怖心で最近まで行けなかった。「母を亡くした心の傷は一生癒えることはない」とも言う。

 開さんは今、小児がん経験者への講演などでPTGを伝える活動をしている。「PTGはトラウマの暗闇の中にともるかすかな光。苦しい現実を抱えながらでも、一筋の希望を見いだすきっかけとなれば」と願う。

PTGの様々な表れ方
〈1〉他者への思いやりや関係が強まる
〈2〉新たな可能性の発見
〈3〉人間的に強くなる
〈4〉命や人生に対する感謝
〈5〉宗教や自然など人知を超えたものへの理解が深まる
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