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[編集委員が迫る] 在宅で予防 「夕張改革」… 地域医療再生

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 600億円を超す債務を抱えて財政破綻した北海道夕張市。同じように赤字が積み重なって閉鎖された夕張市立総合病院(171床)を19床の医療センターに縮小して引き継ぎ、在宅・予防医療に重心を変えた村上智彦氏に高齢社会における地域医療の再生策を聞いた。(聞き手 前野一雄)

村上智彦氏
 夕張医療センター長。北海道旧歌登町(現枝幸町)生まれ。北海道薬科大・金沢医大卒、自治医大で研修。50歳。

 

 ■ 日本の近未来図

「昨夜の最低気温は氷点下19度でしたよ」と笑う村上さん(夕張医療センター前で)=原中直樹撮影

 ――地域医療一筋に取り組み、「破綻した夕張でこそ大胆な改革ができる」と意気込んで来て5年たったが。

 「人と物と金がなくなり、自治体も病院もつぶれた状態にあった。高齢化率が44%と、全国一高い市である夕張は日本の近未来図だ。高齢医療のモデルを描ければ夕張の存在意義があると考えた。その基盤として小規模な医療センターと老人保健施設、在宅医療を中心に方向転換した」

 「医師をたくさん要す病院型キュア(治療)を見直し、予防医療を含めたケア(世話)を重視した。長期の入院や、各科ばらばらな診療に時間を奪われてきた高齢者をできる限り元の生活に戻すことで人生を楽しんでもらうと宣言した」

 ――具体的な方策は。

 「もともと北海道は家族や地域の受け入れ先がないために医療上の必要性が低い『社会的入院』が多い。高齢者の長期入院は寝たきりになる危険性が高い。医療側が生活の場に出向く方が元気で、医療費も安くすむ。患者には“薬だけ受診”をやめ、自ら健康をつくる自覚を促した」

 「禁煙、食事、運動の指導や、胃がんの危険性を抑えるピロリ菌除去、歯科医らの口腔ケア、理学療法士によるリハビリを進めた。センターに通う高齢者のほぼ100%が肺炎球菌ワクチンや定期検診を受けている」

 ――予防医療は北海道・瀬棚町医療センターで立証済みだが、夕張で在宅医療も増えたか。

 「増員した介護職員や看護師らが24時間体制で連携し、医師が支援する。当初、在宅医療はゼロだったが、訪問診療、訪問看護とも各100件に広がっている。いつでも医師らが駆けつけ、必要なら入院できる態勢が整えば、住民は安心して在宅を選ぶ」

瀬棚町医療センター
 地域住民を定期巡回する保健師と一体になった予防医療を推し進め、全国最悪だった老人医療費を半減させた。わが国で初めて先鞭(せんべん)をつけた肺炎球菌ワクチンの公費補助は、現在約650市町村に拡大している。

 

 ■ 救急件数4割減

 ――救急は切り離したが。

 「救急要請から後方病院まで救急車の所要時間は67分と以前の倍近くかかるが、救急車の件数は4割減り、死亡率も減少している。軽症の119番が抑制された以上に予防医療の推進で肺炎や脳卒中、心臓病などの重症者が減ってきた。救急の搬送時間より予防が重要な証左といえる」

 「急患を受け入れる隣町の栗山赤十字病院にセンターからも当直医を派遣している。助成金の出る救急指定病院の方が職員も医療機器も備わっており、我々も安心できる」

 ――地域医療の機能的な連携と役割分担ということか。

 「とかく『救急医療を守れ』と声高になりがちだが、もっと予防医療に関心を持つべきだ。5年間で新たな透析患者は2、3人、管で胃に栄養分を挿入する胃ろうは1人しか出ていない。高額な医療が必ずしも幸せでないことを理解してもらい、普段の健康指導に力を入れている」

公金頼らぬ「自助医療」へ

 ■ 嫌われ者覚悟

 ――「権利意識と行政依存が強い」と自ら道産子気質を批判している。

 「いつまでも公金ばかりに頼るのではなく、自分たちで知恵を出す前例を作りたい。住民は単なる被害者ではない。いつでも安く高品質の医療を求める非常識を改めなくてはならない。地域医療を崩壊させないため、住民の努力が問われている」

 ――地域の自助、共助を根付かせたいということか。

 「各地で夕張方式を取り入れることで、社会が変わる。医療は多職種と住民が支え合い、汗をかくことで、医療費が削減されるばかりか、町づくりや、生きがいにつながる。際限なく経費のかかる“お任せ医療”では、住民の幸福感は得られない。赤字垂れ流しの自治体病院のやり方は続かない。大震災により国民の節電意識が高まったように減らせる無駄は多い」

 ――反発もあるようだが。

 「改革する以上、反対者が出るのは必然だ。先を見る改革者がいれば夕張の破綻はなかった。変革時の身を削る決断は、しがらみのある地元の人にはつらい。私は嫌われ者になる覚悟でやってきた。結果として10年後、次の世代の借金が減り、住民が健康で長生きできれば、それでいい」

 ■ カギは住み分け

 ――全国的に医療現場の疲弊が目立つ。どう考えるか。

 「高齢社会は高度医療と、かかりつけ医療の住み分けがカギだ。『不安だ』『眠れない』患者まで救急医療に押しかけ、本当に必要とされる患者が診られなくなっている。医師が大切にされず、報われない環境では辞めていく」

 ――道内のへき地や、大震災の医療支援もしている。

 「在職医は歯科医含めて5人、今年さらに3人の医師が応援に来る。地域の魅力を生かせば優秀な人材は集まる。緊急時や代診の要請で奥尻島、利尻島、稚内など25か所を応援している。へき地で奮闘する医師も、困った時に手助けがあれば、心は折れない。被災地に延べ40人の職員を派遣したが、地域医療の原点を学ぶ場にもなっている」

 

「高齢」社会保障に方向

 北海道の旧瀬棚町長に請われ、町立の医療センター初代所長に就任。予防医療を核にした町づくりを進め住民の支持を得た。だが、周辺3町の合併(現せたな町)による町長交代で、無念の辞職をした。定着に長期間かかる地域医療が、時の首長に左右される苦い経験。夕張では施設の公設民営にこだわった理由だ。周囲が引き止める中、1億円の借金をして旧病院(171床)を大改革しながら、計画通り返済中。「地域を変えるのは、よそ者、若者、ばか者」と言い切る揺るぎない情熱は、夕張ばかりか、高齢社会に即した社会保障の方向性を突きつけている。(前野)

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