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[浜 美枝さん]古民家の美へ招待

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「ようやく、古民家を残していこうという気運が高まってきた。この家を建てて良かったなと感じています」(神奈川県内の自宅で)=和田康司撮影

 粗削りな太い(はり)。板張りの床に切られた囲炉裏。どの木材も所々に傷があったり、すすで黒ずんでいたり、風雪に耐えた歴史を伝える――。

 住み始めて35年になる神奈川県・箱根にある自宅は、日本各地の12軒の古民家の廃材を集めてつくられた。解体当時、築80年から140年という木材の一つ一つが、どこか懐かしく、温かみのある空間をつくりだしている。

 「この家が伝える、古民家の魅力を、多くの人と共有したい」

 東京の事務所を引き払って仕事と生活すべての拠点をこの自宅に移したのが60歳過ぎのこと。「今なら、もう一度新しいことができる」。東京の拠点を失う不便さを心配したが、「やってみたら、困ることは何もない。むしろ無駄がなくなりました」と笑う。

 衣類や本など身の回りのものを、必要最小限にまで整理。さらに、かつて4人の子どもが駆け回った大きなリビングを、客を迎える大広間に改装した。3年前から展覧会やコンサート、教室などに開放している。訪れた人たちは「気持ちの良い空間ですね」と、すがすがしい表情を見せる。

 農山漁村の名もない人々がつくる民芸。中学時代に民芸運動の創始者、柳宗悦の本を読んで以来、傾倒してきた。各地の民芸を訪ねて旅をする中で、美しい古民家が解体される場面に遭遇し、いたたまれなくなり廃材を譲り受けるようになった。

 16歳で女優デビューし、数々の映画やドラマに出演。1967年の映画「007は二度死ぬ」では、日本人初のボンドガール役に抜てきされた。そんな華やかな世界を歩む一方で、常に心引かれてきたのが日本の美しい風土や伝統工芸だった。

 「いつか、古き良きものが見直される時が来るはず」と、その廃材を使って箱根に家を建てることを思いついたのが約40年前。1本も無駄にすまいと、自分で磨いてすすを落とし、大工や職人と一緒になって設計図をつくった。

 そんな思いを込めて建てた家だが、子どもたちが巣立っていくと、いつしか箱根に帰らず、東京の事務所で過ごす日が多くなっていたという。

 30年以上自宅を置いてきた箱根だが、ここ数年で新たに発見した楽しみも多い。朝は6時半ごろから周辺の山を約2時間かけて歩く。太陽に染まって真っ赤になる富士山を眺め、体の凝りがほぐれていくような心地よさを感じる。振り返れば、30、40歳代は仕事と子育てに精いっぱいで、散策する余裕などなかった。「こういう時間が過ごせるぜいたくを、この年になって初めて知りました」

 現在、自宅には若者をはじめ様々な人がやってくる。福井県に持つ古民家でも、客員教授として教べんを執る近畿大の学生たちに農業体験をさせ、日本の伝統的な生活の魅力を伝えようとしている。

 古民家の美しさを次世代につないでいきたいという思いは実りつつある。民芸を訪ねる旅は、まだまだ続けるつもりだが、「80歳になって、あまり旅ができなくなっても、ここで人と出会えれば、きっと楽しいはず」と目を輝かせた。(宮木優美)

 はま・みえ 女優。1943年、東京生まれ。60年に女優デビュー。映画やドラマに出演する傍ら、情報番組の司会者として活躍。40歳代からは、農業や食の問題に発言を続ける。近畿大総合社会学部客員教授。日曜朝の文化放送「浜美枝のいつかあなたと」に出演中。

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