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カルテの余白に

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近畿大医学部主任教授 巽信二さん(下) 画像で死因診断 日本流

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 解剖などによる死因究明は、故人の無念をくみ取り、生きる者にとっては教訓を引き出すことになる。犯罪捜査にも欠かせない仕事だ。しかし残された家族の抵抗感は強い。法医学者で、近畿大医学部主任教授の巽信二さん(57)は、そうした遺族の気持ちも大事にしたいと考えている。

尊厳損なわぬよう

 〈数年前、乳児を亡くした母親は解剖をひどく嫌がった〉

 解剖でメスが入ることに対し、痛い思いをさせたり、生前の姿が損なわれたりすると恐れる遺族は少なくありません。そのような感情が、愛する人を失った悲しみを、さらに深くすることさえあります。そのお母さんは、「切り刻まれるくらいなら、自分の手で山に埋葬したいと思い詰めた」とまでおっしゃいました。

 そこで、乳児のかわいい顔など、目立つ部分にはメスを入れるのを避け、終了後は切開の傷を丁寧に縫合。尊厳を失わないよう、時間をかけて生前の寝顔とほとんど変わらない、きれいな状態に戻してから、おうちにお帰ししました。その姿を見て、お母さんも安心されたようです。

解剖せず遺族安堵

 〈昨年冬、20代の男性が自室のベッドから崩れ落ちるように死亡していた。血のついたティッシュが、ゴミ箱や床に大量に捨てられていたが、他殺を示す物証はなく、遺族も解剖を望んでいなかった〉

「オートプシー・イメージング(Ai)」の結果を3D画像で診断する巽教授(大阪府大阪狭山市の近畿大医学部で)=大久保忠司撮影

 司法解剖の必要性を判断するために、ご遺体のコンピューター断層撮影法(CT)を試行しました。「Ai(オートプシー・イメージング=死亡時画像診断)」と呼ばれます。

 画像には、鼻の奥の「副鼻腔」にうみがたまり、気管支の奥も詰まっている様子が映し出されました。持病の副鼻腔炎が悪化したのを、自分で治そうとしたのか、市販の風邪薬を大量に服用していました。副作用で熟睡してしまい、うみが気管支に入り込んで息苦しくなったのに起きられなかったのです。

 ご両親にとって解剖せずにすんだことは、つらい中でわずかでも慰めになったようで、安堵の涙を流されたそうです。一方、私たちにとっては思いがけない結果で、内心、冷や汗が出ました。

 なぜなら副鼻腔は、通常の司法解剖では調べない場所だからです。Aiなしに司法解剖を行っていれば、病死と分からないまま遺族は存在しない犯人を憎み、警察も無駄に捜査していたかもしれません。

遺族の気持ちに配慮

 〈Aiは、遺体を傷つけずに体内の骨折や出血、病変などを見通せる。死因究明の一手段として注目され、全国の法医学教室や病院に広がってきた〉

 司法解剖や行政解剖は、目立った外傷や、致命的な病歴などのない場合の死因究明には欠かせません。しかし予算や、法医学者らの人手には限りがあります。警察が昨年に扱った死因不明の遺体のうち、いずれかの解剖が行われた割合は、わずか1割程度でした。

 私は、解剖前にAiを実施するようにするべきだと考え、研究を重ねています。画像で捉えられない病変もあり、まだ実験段階ですが、解剖に抵抗がある遺族の気持ちにも配慮した、日本流の死因究明システムになると信じています。(聞き手・山崎光祥)

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