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近畿大医学部主任教授 巽信二さん(中) 虐待死の教訓生かす

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 人が亡くなるには原因があり、それぞれに事情や感情もまつわる。何人もの死を丹念に見つめ、積み重ねていくと、死者が無言のうちに残していった教訓が見えてくる。近畿大医学部主任教授の巽信二さん(57)は、時に早すぎる死を回避する手だてにすらなるこの教えを、最大限に生かすことが法医学者にとって重要な使命だと考えている。

眼底出血の確認を

 〈数年前、生後半年の男児がけいれん発作で大学病院に搬送され、死亡した。司法解剖が決まったが、体の表面には傷一つなく、病死という見方もあった〉

解剖前、遺体に手を合わせる巽さん。死者への尊厳を常に忘れない(大阪府大阪狭山市の近畿大学医学部で)=大久保忠司撮影

 子どもの解剖は我々にも、とてもつらいことです。でもその子の死を無駄にしないためにもメスを入れねばなりません。

 司法解剖を行うと、皮膚の下にも内出血は見あたりません。しかし、頭の硬膜には小さな血腫があり、脳が腫れていました。その場にいた全員に緊張が走りました。

 子どもを力いっぱい揺さぶる虐待の「乳幼児揺さぶられ症候群」(SBS)の疑いがあったのです。スタッフ全員が、「他の虐待の証拠も絶対に見落とすまい」と懸命になり、眼球の底に内出血を見つけました。

 実は男児は過去にも、けいれん発作で入院し、熱性けいれんと診断されていました。もし、その時、誰かが眼底を調べていたら……。以来、私は虐待に関する講演などで医師らにけいれんの子どもを診たら、眼底出血を必ず確認するよう呼びかけています。

不自然な傷痕注視

 〈虐待で亡くなった子を解剖した経験は、生きている子を虐待から守ることにつながる。児童相談所に一時保護された子どもたちの傷痕から虐待の有無を知り、最悪の結果を未然に防ぐ努力をしている〉

 最近、頭や耳の近く、足に傷がある小学生の男児が児童福祉司に伴われてやって来ました。どの傷も男児が転んで出来るものではなく、大人の強い力が加わったとしか考えられません。足の傷だけが古く、虐待が繰り返されていることも分かりました。

 継父は「しつけ」と説明したそうです。しかしそれは、顔の近くをゲンコツで殴ったような傷でした。大けがにもつながる行為は、しつけとは呼べません。鑑定書で「虐待がひどくなる危険性がある」と指摘しました。児童相談所は男児を児童養護施設で継続的に保護する措置を取りました。

イビキと軽く見ない

 〈今年、20代の男性が就寝中に死亡した。心停止の原因は、呼吸が再三止まって、心臓に過度の負荷がかかったことだったが、呼吸が止まる病気の特定には苦労した〉

 寝ている間に息が止まる疾患と言えば、睡眠時無呼吸症候群(SAS)が知られています。詳しく調べると、この男性の左右の鼻腔を隔てる鼻中隔が湾曲していることが分かりました。

 恐らく男性の鼻は常に詰まり、口で呼吸していたと思われます。警察から遺族に確認してもらうと、やはりイビキが大きかったそうです。

 「イビキくらい」と軽く見てはならないと改めて思いました。SASは若い命を突然奪いかねない怖い病気です。思い当たる人は、専門的な医療機関に相談すべきでしょう。

 どこで、いつ、どんな病気が多発し、死につながったか。それが分かれば、医療政策にも反映させられます。〈死〉から〈生〉へのフィードバックが、死因究明の社会的な意義なのです。(聞き手・山崎光祥)

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