海原純子のハート通信
yomiDr.記事アーカイブ
情報格差ががん死亡率にも影響
さてハーバード大学のヘルス・コミュニケーションの部門にはいくつかの研究プロジェクトがあります。その一つは、K.ヴィスワナス博士の提案した「Click to Connect(クリック・トゥ・コネクト)」という非常に大規模でダイナミックな研究プロジェクトです。
アメリカでは情報格差が大きいという話は前回も触れましたが、義務教育があり高学歴化が進む日本とは事情が異なります。字を読めない人、パソコンを触ったこともない人もいるのです。こうした人では医療情報にアクセスすることができません。
このプロジェクトでは、ボストン近郊に住みパソコンがなく、触ったこともなく、低所得層で資金がない人に月1回のパソコン教室に通い勉強することを条件に無料で自宅にパソコンを設置します。パソコンの使い方で分からないことをいつでも電話できけるシステムを作り、半年のトレーニングでハーバードの研究室の作る医療サイトにアクセスしたり、仲間と健康問題を話し合ったりすることができるようにし、こうした人とそうしたトレーンニングを受けない人との将来的な健康状態の差を検討しようというものです。
研究室のスタッフは毎週土曜早朝から1日がかりのパソコン講師に早変わり。地元のコミュニティー大学を借りてパソコン教室を開き、コンピューターの専門家の講習に続いてスタッフが一人一人の実習に付き合う、という根気のいる仕事です。私も朝からパソコン講師になり使い方の説明などをしたものです。アメリカ人は「土曜は働かない」なんて言われていますけどそんなことはありませんよ。週末も頑張ってよくはたらいているひと達がいます。
こんな風にインターネット活用を進めている背景には、やはり収入格差、学歴格差、知識格差ががん予防と死亡率に与える影響が大きいからです。例えば、(1)アメリカで乳がんの罹患率は白人女性のほうが高いのに死亡率は白人以外の女性で高い。つまり、白人以外の女性は乳がんに気づくのが遅い(2)低所得者層は、医療保険の問題で医師にかかるのをためらう、検診を受けない・・・などの事実があります。このプロジェクトは、医療知識を広めて、がん予防につなげたいとの願いが込められています。
インターネットにアクセスできない人では何が健康に良い食べ物かを知ることができず、またタバコの害にもきづかず、運動もしない、ファーストフードと運動不足で太りすぎ病気にかかりやすい、ことも報告されています。Click to Connectの目的はこのようにインターネット活用による情報格差是正と健康情報普及ですが研究室ではタバコの害について情報を普及するため公式アカウントでツイッターによる発信もしています。ツイッターは日本では何となくいい加減な情報源、というイメージがあるので私は最初研究室でツイッターアカウントを立ち上げた2010年の春はかなり驚きましたが、アメリカ人にとっては政治にせよ健康情報にせよ情報発信できるものを活用しよう、という精神が旺盛なのですね。
さて自己紹介が長くなってしまいましたが、医療が病院の中だけのものではなく、学校、コミュニティー、経済や社会構造とも幅広くしかも密接にかかわっていることをおわかりいただけたのではないでしょうか。わたしがいまこうした分野の研究活動を手掛けているのはこうした理由からなのです。
次回はこの今年6月から8月にかけて、ヨミドクターのサイトを訪れてくださった皆様が参加してくださった「震災とツイッター」調査結果の報告をさせてください。
【関連記事】