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[柳田邦男さん]大人にこそ絵本を

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翻訳した絵本を手に、「絵本を読むと、ふるさとの景色や子どものころの豊かな感性がよみがえってきます」と話す柳田さん(東京都内で)=片岡航希撮影

 「絵本は子どもだけのものじゃない。大人の心に潤いを与え、生きる上で大切なことを気付かせてくれるんです」

 9月中旬、出身地の栃木県鹿沼市で開かれた講演会で、約800人を前にそう語った。

 ノンフィクション作家として、事故や災害、終末期医療など、生死に関わる問題を追いかけてきた。こうした取材活動に加え、12年前から講演やエッセーで「大人こそ絵本を読もう」と呼びかけている。人生後半になって絵本の魅力に気付き、座右に置くようになったのがきっかけだった。

 1993年、25歳だった次男が自ら命を絶った。喪失感にさいなまれる中、ふらりと立ち寄った書店の児童書コーナーで「よだかの星」という絵本を買った。みにくい外見のため、周囲の鳥からいじめられるよだかが、太陽目指して飛んでいくという、宮沢賢治の童話を基にした作品だ。

 子どもの頃に読んだことがあり、懐かしさから手に取ったが、自宅でページをゆっくり繰ると、かつてと受け止め方が違った。孤独や人間の生き方などが語られていて、気持ちが徐々に癒やされていった。「子どもにも分かるやさしい言葉遣いと絵の世界に、何万語も費やす小説に劣らないメッセージが込められている」。絵本の力を実感した。

 「絵本は、人生で3度楽しめる」と主張する。幼い頃、子育て中、そして人生後半になってから。戦時中に読んだ絵本の「かちかち山」、小学1年で大病をした時に読んだ「三銃士」など、読書の記憶は今も鮮明に残っている。

 10歳の時に父が病死し、物語の孤独な主人公に自分を重ねたことも。親になってからは、子への読み聞かせを楽しんだ。近年は絵本を一人でゆっくりと声に出して読むことを日課にしている。

 絵本の翻訳にも取り組む。認知症の祖母への愛を描いたオーストラリアの絵本「でもすきだよ、おばあちゃん」、ナチス占領下のポーランドでユダヤ人孤児を助けようとした医師の物語「コルチャック先生」などを手がけた。「鍵となる言葉を訳すのに、1か月悩んだこともあります」

 深刻な内容の絵本も多いが、命や病気に関する取材をしてきたからこそ、温かくて心に迫る日本語を紡げるのだろう。

 看護師向けの月刊誌に7年にわたって「大人のための絵本」を解説付きで紹介してきた。その連載を今年、「『絵本は人生に三度』手帖(てちょう)」(平凡社)というシリーズで3冊の本にまとめた。子どもから大人まで一人でも多く、優れた絵本と出合ってほしいと思う。「年齢を重ねて、人生の壁にぶつかったり、病気や障害を負ったりした時にこそ、絵本が支えとなってくれますから」(谷本陽子)

 やなぎだ・くにお ノンフィクション作家。1936年、栃木県生まれ。NHK記者を経て執筆活動に入る。航空事故を題材にした「マッハの恐怖」や「犠牲(サクリファイス)わが息子・脳死の11日」など著書多数。政府の「福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」委員も務めている。

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