世相にメス 心臓外科医・南淵明宏ブログ
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患者さんは何でも知っている
患者さんは本当に偉い! 何でも知っている! と思い知らされた出来事があります。
もう7、8年前のことですが、都内在住のある女性患者さんの手術をしたときのことです。
手術は心臓の左心室の入り口と出口にある弁それぞれを人工弁に換える手術でした。手術は非常にうまく行き、患者さんの回復も順調で2週間目に退院されました。
ところが退院の翌日、患者さんが夜中に病院に来て「つらい、頭が痛い、身の置き所がない、膝も痛い」と訴えます。体の不調はあちこちにあり、いわゆる「多愁訴」の状態です。顔つきは私が知る彼女とは全く違っていて、とにかく興奮気味でした。
しかし、血圧は正常で脈拍もそう乱れてはいません。
次に胸に聴診器を当てると、入院中には聞こえなかった雑音が聞こえます。心臓超音波をやってみると、人工弁(僧帽弁位)を縫い付けた隙間からはっきりとした逆流が認められました。これは退院時にはなかったはずです。
退院して、何かの拍子にその部分が裂けたのでしょう。数ミリ避けても、もれは相当にはっきりとあらわれることがあります。心臓が全身に血液を送り出すという働きそのものには影響がなくても、血液に含まれる血球細胞、つまり赤血球が破壊されて溶血と言う事態が起こり得ます。血液検査をしてみると、この方のLDHの値は溶血を示す3000でした。
この溶血という異常な事態を、身体はしっかりとキャッチし、いろいろな症状、つまり多愁訴というかたちで外部にアピールしていたのです。
短い期間で2回も手術を受けていただくことは、患者さんに大変に申し訳なかったのですが、すぐに漏れていた部分を修復しました。すると患者さんはもとのにこやかな顔になり、退院して行かれました。患者さんは今でも大変にお元気で、外来通院されています。
心臓外科は西洋医学の理論、理屈の塊で出来上がっています。科学の申し子、とも言えます。
とは言うものの、3000程度のLDHの上昇や人工弁周囲の一条の漏れが原因で、体のいたるところでいろいろな愁訴が出現する、などという説明は西洋医学ではできません。つまり、西洋医学の理論も、実践の現場では「穴だらけ」なのです。
現場は「患者さんの顔を見てお話しする」というアナログな所作が支えているのです。なぜなら、患者さんは何でも知っている、からです。
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