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野田聖子さんインタビュー全文(1)障害持った子、命の重み教えてくれる

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 米国で卵子提供によって体外受精を受けた衆院議員の野田聖子さんは、2011年1月、帝王切開で男の子(長男、真輝(まさき)君)を出産した。妊娠中だった昨年10月に続き、出産の半年後、改めて「子供を持つこと」について聞いた。(田中秀一)

野田聖子(のだ・せいこ)
 1960年、福岡県生まれ。93年に衆院選で初当選し、郵政相などを歴任。第三者の女性から提供された卵子と、事実婚の夫の精子を使って体外受精を行った。

 ――まず、母になった心境をうかがいます。

 野田 周りの人からは「優しくなった」と言われます。私の持ち味の「とがったところがなくなったね」と。いろいろなことを経験し、それ以前に悩み煩っていたことが小さく感じられます。私は郵政選挙の時にいじめられたので、いじめた人が許せなかった、小さな人間だったんですけど、息子の顔を見ていると、そういうことがばかばかしくなってきます。

 ――子供が生まれたら、「総理を目指すと思います」と言われました。その気持ちは変わらないですか。

 野田 はい、確信しました。私のこれまでの政治活動に欠如していた部分で、保守政治家が極めなくてはいけないのは、普通の幸せを守ることです。普通とは、父、母、子供がいる家庭が原点。私も子供を持たなかったことに不安定さがあったけれど、腹構え、ドシンとしたベースを与えられた感じがあります。

 私の場合、障害を持った子供が生まれ、命の重みを毎日教えてくれています。政治家は国民の生命を守る仕事。生命について知らなかったことを息子によって学び、トレーニングさせてもらっています。

 ――命の重みとは?

 野田 息子は生まれた時から仮死状態で、死と向かい合う形で人生のスタートを切りました。あちら側(死の側)に行こうとするのを医療の力で引き戻してもらってきた。生死の壁をトコトコと、時々落ちそうになりながら歩いている。この半年間、息子は生き延びてきました。

 ――親として「我が子が生きていけるのか」と思うことほど不安なことはないですね。

 野田 いつでも突然の別れの覚悟を決めていなきゃいけない。それがあるから、より強くなれて、人に優しくなれているのかなと思います。(つづく)

昨年の野田さんのインタビュー記事はこちら
(1)だから私は卵子提供を受けた(2010年10月28日)
(2)国会議員だからこそ、治療に踏み切った(2010年10月29日)
(3)血のつがなりなくとも母親は私(2010年10月30日)
(4)妊娠によい時期、知らなかった(2010年10月31日)
(5)命を守る、この国を守る(2010年11月1日)
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