文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

これからの人生

yomiDr.記事アーカイブ

[風間杜夫さん]あこがれの高座で達成感

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック
「落語家の風情、大げさに言うと、生きざまが好き」(甲府市で)=伊藤紘二撮影

 「あの頃我々がやっていた舞台では、どんちょうがすう~っと上がりますと、なぜか客席の方から冷たい風がふう~っと吹いてくる。で、お客さんの人数をよく数えてみると、舞台に上がってる役者の数の方が多かったんですよ」

 6月下旬、甲府市内の小劇場。若い頃のエピソードを披露すると、客席からどっと笑いが起こった。芝居の一こまではない。落語の本編に入る前に身近な話題で笑わせる「噺の枕」だ。

 軽妙な語り口、堂に入った所作。この日披露した「夢の酒」など古典落語を好むが、噺の枕を考えるのも毎回楽しみにしている。

 小学2、3年生の頃から落語を聞くのが好きだった。東京都世田谷区の自宅で、落語好きの祖母の横にちょこんと座り、一心にラジオに耳を傾けた。内容はよく覚えていないが、「下町のおっちゃんやおばちゃんが繰り広げるどたばた劇」に腹を抱えて笑った。

 母親の勧めで8歳で劇団に入り、子役として活躍。将来は役者に、という思いがあった。大学を中退して仲間と劇団を設立し、1970年代、つかこうへいさんの舞台で一躍名を知られるように。

 大人になっても落語好きだったが、ある時、稽古の最中につかさんから叱責の声が飛んできた。「落語やってんじゃねえんだっ」。長いせりふが落語調になるというのだ。以来、好きだった寄席通いをやめた。

 しかし、その後20年ほどたって、落語との「再会」が訪れた。初代三遊亭円朝と弟子の関係を描いた舞台で、弟子の落語家を演じたのだ。劇中とはいえ、初めて人前で落語を披露できた喜びで、「あちこちで落語好きを吹聴した」。これを機に、人気落語家から次々に声がかかり、50歳の時に立川談春さんの独演会で前座を務め、2004年から08年までは、春風亭小朝さんらが主催する「大銀座落語祭」に毎年出演。その後、全国で200回以上口演した。

 演出家や共演者との共同作業である舞台と異なり、「落語はとにかく、(お客の)独り占めですからね」と笑う。「お客さんも大したもんだと褒めてくれる。達成感があるんですよ」

 稽古にも熱が入る。落語会の前には、1人で静岡県の別荘にこもり、「落語漬け」に。新しいネタを覚えるために、CDで聞いて落語を書き写したノートは10冊を超えた。

 「羽織着て、ちょこんと座布団に座って、面白い話をみんなに披露して帰って行く。しょせんは好きな世界のまねごとだけれど、ずっとあこがれてきたことを今やってるのが、幸せなんですよ」

 その幸せをくれたのは、立川さんら落語家たちだが、役者として見いだしてくれたつかさんを始め、多くの人との出会いが脈々とつながり、今の自分があると思う。

 「芝居も落語も、今の自分にはかけがえのないもの。これからも出会いを大事にして、自分の世界を死ぬまで広げていけたらいいですね」(塚原真美)

かざま・もりお 俳優。1949年、東京都生まれ。82年、映画「蒲田行進曲」に出演。テレビドラマ、舞台などで幅広く活躍し、2004年、読売演劇大賞最優秀男優賞。10年、紫綬褒章を受章。8月12日、横浜市で「風間杜夫の落語会」を開催する予定。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

これからの人生の一覧を見る

最新記事