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[苅谷俊介さん]考古学への情熱やまず

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手前にあるのは3月の震災で割れてしまった自作の縄文土器。「自分の手を動かして作ってみることで発見できることもあるんですよ」(神奈川県内の自宅で)=藤原健撮影

 自分で作った縄文土器の文様を指でなぞりながら、静かに語った。

 「この文様は、蛇をデザインしたもの。生命力が強い蛇を土器に写すことで、煮炊きした時にエネルギーをもらおうとしたんだと思うんですよ」

 モデルは長野県で出土した縄文土器。いくつも作るうち、縄文人が抱いていた蛇への「おそれ」に関心が向いた。現在、縄文人の「蛇体信仰」を取り上げた論文を執筆中だ。

 刑事ドラマ「西部警察」シリーズで知られ、今も存在感のある演技を見せる個性派俳優は、各地で遺跡発掘に携わる考古学研究者という顔も持つ。古代史に関する著書があり、発表した論文は数多い。

 大分県で過ごした高校時代、学校をさぼる口実として、近所で行われていた縄文時代の遺跡の発掘を手伝った。

 掘り出した土器片を手にしていた時、現場の考古学者が、「それは8000年も昔の人が作った土器なんだよ」と声をかけてくれた。時間を超えた縄文人とのつながりに感動し、考古学に強くひかれた。

 しかし、家庭の事情で大学はあきらめ、働くために上京。数年後、親には内緒で俳優養成学校に入学した。「俳優を目指したのは、お金がほしかったから。実家に仕送りは続けたので生活は苦しかった」

 1971年に映画デビュー。まもなく故・石原裕次郎さん率いる石原プロモーションに所属し、映画やテレビの仕事は軌道に乗りだした。だが、封印していた考古学への思いは、意外なことでよみがえった。80年、石原さん宅の新築工事で弥生時代から古墳時代にかけての住居遺跡が出たのだ。

 「ここに戻ろう。これじゃないと俺は駄目な人生を送ることになる」。遺跡を前に、高校時代の情熱に火がついた。

 俳優と考古学を両立させることは、忙しい石原プロに所属していては無理だった。悩んだ末、2年後に石原プロを去り、独立した。

 考古学の知識も技術も現場で学んだ。ロケの合間に近くにある発掘現場を訪れ、「一から学ばせてください」と研究者らに頭を下げた。「初めは『考古学が好きだとテレビで言いたいだけ』と見られていた」と振り返るが、熱意はやがて伝わった。

 それから30年。発掘に携わった遺跡は、全国30か所以上。今も年20回は発掘道具を積んだワゴン車で出かける。特に力を入れている奈良県内の古墳時代の遺跡には、神奈川県の自宅から車で4時間半かけて通う。

 発掘作業が終わった夕方、人けのない遺跡を眺めてはるか昔の人々を想像するのが好きだ。「縄文時代は、自然との共生が確立した共同体があった。縄文から未来への指針を引っ張り出さなければ」と考えている。発掘された物から当時の人々の精神活動を探り、良い部分を未来に引き継いでいく。そうした新しい考古学を作るのが夢だ。

 20年前から、100人ほどの考古学好きを集めて勉強会を主宰している。夕方になれば、自宅に仲間が集まり、夜中まで考古学談議で盛り上がる。役者と考古学の「二足のわらじ」で駆け抜けた結果、俳優業だけでは出会えなかった友人が全国にできた。「人生は一本の木。リンゴ、ナシ、モモなど、いっぱいなっていた方がいいじゃないですか。いい出会いを求めていってほしいですね」(小山孝)

かりや・しゅんすけ 俳優。1946年、大分県生まれ。71年に「さらば掟」で映画デビュー。NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」に本多忠勝役で出演中。日本考古学協会会員。著書に「まほろばの歌がきこえる 現れた邪馬台国の都」などがある。

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