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[加藤タキさん]社交ダンス、慈善の集い

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「やるだけやって失敗したなら仕方ない。あるがままの自分で楽しもうと思っています」(東京・新宿区で)=岩波友紀撮影

 ワルツに合わせて軽やかにステップを踏む。講師の腕に身を任せるようにして、グッと体を反らすと、華麗にポーズを決める。

 練習を始めると、すぐに汗がにじんでくる。見た目よりも結構な運動量だ。「体が引き締まって、心まで軽くなったよう。踊ることがこんなに楽しいなんて」と笑う。

 東京・四谷のダンススクールに通い始めたのは2年前、64歳の時だ。きっかけは、歌手の中尾ミエさんら親しくしている60代の4人で結成した会での活動だった。

 「身の丈にあった社会活動を続けられないかと考えたのです」。会の名は「チーム ソルトン セサミ」。ソルト(塩)&セサミ(ゴマ)、つまり「ゴマ塩頭の会」だ。4人全員が白髪であることにちなんだ。

 その会で、チャリティーパーティーを2009年9月に開くことになり、中尾さんが「社交ダンスなんかどうかしら」と提案したのだ。

 「最初はみんな驚いたんですけど、今さら怖いものなんてないよねって」。練習期間は2か月しかなかったが、子どもの頃、日本舞踊を習っていたことが良かったのか、みるみる上達。本番でしっかりと踊り切り、パーティーも大成功だった。集まったお金は、動物の「癒やし効果」を医療や福祉に生かす取り組みをしている団体に寄付した。

 オードリー・ヘプバーンやソフィア・ローレンら海外の大女優のCM出演交渉を手掛けるなど、国際的ショービジネスのコーディネーターの先駆け。忙しく世界を駆け回った。やりがいを感じる一方で、「若い頃は肩ひじを張って生きているようなところがあった」と振り返る。

 28歳の頃から白髪が出始めたが、当時は隠さなければならないものと思い込んでいた。42歳で出産した時は公私に多忙で髪を染める暇もなく、「見られたら嫌だな」と人目ばかり気にしていたという。

 転機が訪れたのは45歳の時。出張先のアメリカで、エレベーターに乗り合わせた女性から「すてきな髪の色ね」と声をかけられた。「ああ、白髪も一つの魅力なのかって。素の自分のままでいいんだと、すごく楽な気持ちになったんです」

 それ以来、髪を染めるのをやめた。すると、仕事も子育てもあせる必要はないと思えるようになった。自分のやりたいことは何かを考えていくうちに、社会のために何かをしたいという気持ちになった。

 NPO法人「難民を助ける会」の理事になったのは59歳、「ソルトン セサミ」を始めたのは62歳の時。「45歳以降の20年間のほうが、生き生き過ごしていると思います」

 今年の9月にも、チャリティーパーティーを計画している。テーマは東日本大震災や原発事故の影響が深刻な福島の人々への支援だ。

 今回は社交ダンスを披露する予定はないが、個人的にはずっと続けていくつもりだ。「私の母は104歳まで生きた。ということは60代なんて、折り返し地点を少し過ぎたくらい。新しいことを始めるのに全然遅くはない。ダンスや社会貢献が、これからの自分をどんな風に変えていくのか、今から楽しみなんです」(赤池泰斗)

 かとう・たき コーディネーター。1945年、東京都生まれ。海外の芸能人などを招く事業を手掛ける一方、テレビのコメンテーターとしても活躍。「50歳からの自分磨き」(大和書房)など著書多数。難民を助ける会副理事長、オードリー・ヘプバーン子供基金理事なども務める。

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