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[柴俊夫さん]子ども基金で広がる縁

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柴基金で作った募金箱やオリジナルグッズ。「みんなの善意を目に見える形でつなぎたい」(東京都港区で)=若杉和希撮影

 「一緒にやろうよ。協力してくれる?」。東京・南青山の「こどものための柴基金」事務所で、下町生まれらしい歯切れの良い口調が響いた。携帯電話で話す相手は、これまでに知り合った芸能人やスポーツ選手ら。

 今月25、26日に東京・銀座の百貨店で東日本大震災支援のための写真展「NEVER FORGET 東北」を有志で開く予定で、作品の出展を呼びかけていた。作品の売り上げを被災した子どもたちの心のケアに役立てるという。

 「子どものために、みんなで何かやろうとアドバルーンを揚げるのが僕の役目。昔は売名行為になるのではと気にしていたけど、64歳にもなると、やりたいことをやればいいんだと思うようになった」

 俳優業の傍ら、自分と同じ1947年生まれの歯科医や会社経営者ら友人3人と「こどものための柴基金」を4年前に設立。代表理事を務める。

 オリジナルグッズを企画、販売するなど自分たちで事業を行い、その収益をハンディキャップを抱える子どもたちのために寄付している。支援先は、タイやベトナム、国内の児童養護施設など。現地を訪れ、子どもたちの声を聞き、企業や著名人らの協力者を募る「パイプ役」に徹する。

 「俳優柴俊夫と言えば会ってくれる人もいる。人脈を生かして、いろんな人の接点を作っていくのが面白い」

 子どもの支援に携わるきっかけは、30代にさかのぼる。俳優の西田敏行さんや歌手の松崎しげるさんら友人5人で飲み明かしていて、「俺たちも飲んでばかりいないで、世の中のために何かしてみるか」と盛り上がった。その後、チャリティーコンサートを開き、集めた数百万円を交通遺児の施設に持って行き寄付した。

 帰り際に施設長から「柴さん、子どもたちに心をくれませんか」と言われて、考え込んだ。「ただ、お金を渡すだけではなく、ハートとハートで子どもたちと付き合ってほしいという意味だったと思う」

 以来、個人的に子どもの施設を訪ねて交流を重ねている。その活動を根底で支えているのは、生まれ育った東京・浅草での思い出だ。大人は皆おっかなかったけれど、いつも見守られているという安心感があった。そんな子ども時代を過ごしただけに、「ハンデを抱えた子どもたちに今の社会は温かくない」と思う。

 例えば、児童養護施設では18歳で施設を出て自活せざるをえない子が多い。手助けがなく、就職でつまずく子もいる。「大人が子どもを見守るという責任を果たしていないんじゃないか」。できる範囲で無理なく支援を続けるため、同世代の仲間と設立したのが「柴基金」だ。

 日本が豊かになっていく中で、俳優としてキャリアを重ね、「俺たちの世代はいい思いをさせてもらった」と思う。だから、子どもたちへの支援は社会への恩返しの意味もある。俳優だけをしていたら出会えなかった人と思わぬ縁ができ、一緒に笑い、感動して人生が豊かになった。「『世の中こんなもんだ』なんて思わず、『ちょっと変じゃないか』と声をあげて行動してみると、必ず誰かが応えてくれます」(大森亜紀)

しば・としお 俳優。1947年、東京都生まれ。独協大在学中にモデルとして芸能界入り。70年にテレビドラマ「ゴールドアイ」で俳優デビュー。NHK大河ドラマ「江」に秀吉の家臣黒田官兵衛役で出演中。10月14日に東京・日本橋のコレド室町でチャリティーコンサートを開く。

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