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[松本路子さん]バラが咲かせる交友の花

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「風がそよぐたびにふんわりと香ります。種類によって香りも違うんですよ」(東京都内で)=杉本昌大撮影

 バラの花びらを浮かべたシャンパンで乾杯。「バラの美しい初夏には、毎年ささやかなうたげを開いています」

 ここはマンション4階にある自宅のバルコニー。鉢植えのバラが、白やピンクなど様々な色の花を咲かせている。

 うたげの客人は、気の置けない友人ばかり。料理は持ち寄りで。バラに囲まれて、おしゃべりを楽しむ。こうしたうたげをこの時期に7、8回催す。「『うたげはいつ?』と毎年メールで催促がくる。日程調整が大変です」と楽しそうに笑う。

 世界各地のアーティストを訪ね、肖像写真を撮り続けてきた写真家。会いたい人に直接電話をかけ「あなたのベストポートレートを撮りたい」と口説く。アトリエや自宅を訪ね、正面から撮る。オノ・ヨーコさんや前衛芸術家の草間弥生さんのほか、吉田都さんら世界的なダンサーの肖像も。個性的に生きる女性たちを撮影した写真の数々は、高く評価されてきた。

 バラに夢中になったのは20年ほど前。引っ越したマンションのバルコニーを見て「ここをバラの花で満たしたい、と直感的に思いました」。長く一緒に暮らしたパートナーが亡くなったばかりだった。

 10本ほど苗を購入した。バラの専門家に相談すると、鉢植えでつるバラを大きくするのは難しいと言われた。だが、丹精込めて育てると、30センチの苗が2年目には2メートルにまで伸びた。農薬を使わない。丁寧に土作りをする。バラの種類も鉢数も次第に増えた。「パートナーを亡くしてできた心の空洞を、いつのまにかバラが埋めてくれていました」

 毎朝、水をやったり虫をとったりして、1時間ほどバルコニーで過ごす。「仕事では集中している時間が多い。バラのそばで過ごすのんびりとした時間が、ちょうどいいバランスになっています」

 バラのバルコニーは自分だけの空間。誰にも知らせないつもりだった。ところが、バラの写真をカードにして友人に送ったところ、「どこに咲いているの?」とすぐに電話がかかってきた。「いつもの写真と雰囲気が違う。まるで我が子を撮っているよう」と。隠しきれず、季節ごとに招くことになった。

 友人たちからバラについても様々なことを学んだ。例えば「ピエール・ド・ロンサール」というバラは、16世紀のフランスの詩人の名前にちなんでいるという。「マリア・カラス」という名のバラもある。バラを観賞しながら詩を読み、音楽を聴く楽しみも知った。最近は、名前の人物ゆかりの地への旅も始めた。

 バラを通じて、友人たちとのつながりを深めることができた。互いに刺激し合い、ほどよい距離で助け合う関係を、これからも大切にしたいという。「小さなバルコニーで始まった楽しみは、どんどん広がっています」(西村洋一)

まつもと・みちこ 写真家。1950年、静岡県生まれ。世界各地のアーティストやダンサーを撮影。主な写真集に「Portraits 女性アーティストの肖像」など。エッセー集に「晴れたらバラ日和」「ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅」。

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