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[吉田照美さん]絵筆執り「素の自分」表現

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「妻は風景画などきれいな絵を描いてほしいようですが、ボクはシュールな絵にあこがれています」(東京都内で)=冨田大介撮影

 1メートル近いサイズで自分の顔を描いた。口はへの字に結ばれ、眼鏡の奥から視線はまっすぐ前を向いている。

 国立新美術館(東京・六本木)で開催中の公募展に出品している油絵だ。展示会場は広いが、絵の「吉田照美」はしゃべらなくても抜群の存在感がある。来場者は吸い寄せられるように立ち止まり、絵に見入る。「あっラジオの人ね。ふふふ」。楽しそうに笑い出す年配の女性も。

 絵のタイトルは〈饒舌(じょうぜつ)と沈黙のはざま〉。完成するまでの3か月間、自分と向き合った。「アナウンサーとしてしゃべるのも自分、黙って絵を描くのも自分。制作途中に大震災が起き、生きることについてじっくり考えました」

 テンポのよいしゃべりで、30年以上、ラジオのパーソナリティーとして活躍してきた。現在は早朝の番組を担当。出勤前のサラリーマンや運転中のドライバーに元気を送る。

 ところが、本人は意外なことを言う。「本当は人前でしゃべるのが苦手でした」

 大学時代にアナウンス研究会に入ったのは、「シャイな性格を変えるため」だった。アナウンサーになった以上は、リスナーに楽しんでもらおうと全力を尽くしてきた。普段の話し方のままだとやや暗い印象になるので、マイクの前では意識してテンションを上げた。「明るいキャラクターの仮面をかぶってきたのかもしれません」

 50歳目前から、「自分は、好きなことをやってきたのだろうか」と気になり始めた。そういえば、子どもの頃は絵が大好きで、漫画のキャラクターをよく描いた。忘れていたことをふと思い出し、油絵に挑戦しようと決めたのが54歳。絵画教室に通いだした。

 自宅から徒歩2分のアパートの部屋を「アトリエ」と称して借り、暇さえあればキャンバスに向かう。しばしば描くのは頭の中でイメージした不思議な夢の世界。リンゴが空に浮き、ハチドリが飛ぶ――。「『何を描いているんだろう』と、多少身を乗り出して見てもらえれば十分です」

 絵を描くのが楽しいのはなぜだろう。「仕事では出せなかった、『()の自分』を表現できるからでしょう」。アトリエでは「最高の時間」が流れる。もっとうまくなろうと努力するのが苦にならない。

 しゃべることに油絵が加わり、ライフワークは二つとなった。スタジオではゲストらとの一瞬一瞬が勝負。一方、趣味の油絵は失敗したら塗り直せばよいし、上手でも下手でも作品は残る。そんなのんびりしたライフワークを満喫するのもまたいいだろう。

 「子どもの頃にあきらめてしまった夢は誰にでもあるでしょう。そんな夢をふと思い出したら、挑戦するのもいいのでは。何歳からでも遅くはないですから」(西村洋一)

 よしだ・てるみ フリーアナウンサー。1951年、東京都生まれ。文化放送に入社し、85年からフリー。現在は文化放送「吉田照美 ソコダイジナトコ」のパーソナリティー。「饒舌と沈黙のはざま」は、三軌展(国立新美術館・23日まで=火曜休館)に出品されている。

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