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3件 のコメント

お世話になります

K&F

28日にお世話になるものです。

よろしくお願いいたします。


今回の地震は歴史的な災害ですが、島根ではまったく被害がなかったため、テレビを見ていても現実とは思えないような感じでした。

しかし、学校全体で物資などを集め、被災地に送るという一致団結した動きをしていました。


同じ日本人、助け合うことはとても大切だと感じております。

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命を与えられました

pf.猿橋・・・仙台

南淵明宏先生


震災より2週間が経過いたしました。

幸い、家族の安否の確認、ライフラインの確保や色々なことに追われ、地域の方々と協力し合いながら少しずつ前へと歩き出している頃です。


そんな中、考えることがありました。この大きな震災の中、心臓手術など行われていたら一体どうなるのだろうか・・・

それは、母が昨年大変困難な心臓再手術を受け、南淵先生により助けていただき、命を与えられた一人だったからです。


6強の揺れの中、電気は切れ、雪の降る寒い日が続いていた中、全く火の気がなくなり懐中電灯とラジオを頼りにする日々を余儀なくされました。私は、揺れの中で、実家の母親のことが心配でたまらず、連絡が取れるまでは本当に心配しました。


実家は4日ほど停電し、その間厳しい寒さと在宅酸素が全く使用不可となり、携帯酸素を取り寄せる電話がやっと繋がってももうすべてなくなり、他県から取り寄せるものの、入る目処が立たないという状況でした。


昨年の、心臓手術を受ける前であったらきっと・・・この震災の状況は母の体には耐えられなかったかもしれません・・・そう思うと、先生にはこの震災をも耐え抜く心臓にしていただいたと改めて感謝いたしております。


言葉が足りませんが、命を与えられた一人として、今後、どんなに小さなことでも復興に向けてやっていきたいと思っております。


ありがとうございました。

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稲むらの火

Guy

地震時、私は入院中の患者で、自分の心臓がバクバクしているのが、今日は大揺れだなぁとはじめ、思っていました。それがこれが地震と感じるには少し時間を要しましたが、廊下に出ると、手すりにしがみつく患者さん、支えるナースが見え、それから地震の激しさが身にしみて来ました。自分では浅はかな、「どうしてみんな外に逃げないのかな、財布を持って一人で非常口に行こうかな」などと考えていました。


たぶん私は稲むらの火の村人で、津波がくること(地震が大きいこと)の恐ろしさを知らない者だったと思います。だから、話して聞かせる暇がないときに、濱口さんが自分の稲に火をたいて人の注意を喚起し、結果的に人が退避できるようにした。稲むらの火の人形劇を見たときはうわべだけで終わっていた理解がはじめてとけていきました。


地震のときも手術は続けたらしいよ、と聞いたときには、正直よくあの揺れでできるなぁと思いました、と同時に、すがすがしさを感じたものです。外科医はその手を止められない、そこに濱口と同じような語らなくともかっこいい生き方を感じたのでした。

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