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和名は「碧素」 … 国産ペニシリン、戦時下に開発

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碧素 昭和19年(1944)
碧素は敗血症や肺炎などによく効いたため、生産当初は薬剤の色から「黄色の魔術」と呼ばれたこともあったという。

 漢方薬の名前は葛根湯(かっこんとう)のように漢字で表記しますが、いわゆる西洋医学における薬は、例えばアスピリンのようにカタカナで表記されます。しかし「碧素(へきそ)」という薬は漢方薬でも民間薬でもなく、れっきとした西洋の薬「ペニシリン」の日本での呼び名でした。ではなぜこんな風に呼ばれたのでしょうか。角田房子さんの名著「碧素・日本ペニシリン物語」には次のように書かれています。

 ペニシリンは1928年、イギリスの医学者・フレミングによって発見された抗生物質です。抗生物質は細菌の育成を阻止する効果が高い薬であったため、1939年に第二次世界大戦が始まると戦場での兵士の治療用に大量生産が必要となりました。

 当時日本は、1940年にドイツ、イタリアとの間に日独伊三国同盟を結び、1941年には太平洋戦争に突入しました。そのため、物資や情報が交戦国であるアメリカやイギリスからは入らず、枢軸国(ドイツ、イタリア)や中立国からしか入手できない状況になっていました。そのような状況下で、ペニシリンについて書かれた医学雑誌が日本に届けられたのは1943年(昭和18年)12月のことでした。この雑誌には、ドイツのキーゼ博士のペニシリンに関する報告が掲載されていました。

 また、1944年(昭和19年)1月には「イギリス首相・チャーチルの肺炎がペニシリンで治った」というニュースが日本に届きました。実はこのニュースは誤報で、実際にはサルファ剤を使用したのですが、これをきっかけに陸軍では国産ペニシリンの開発が進められることになりました。

 1944年(昭和19年)2月には、陸軍軍医学校の軍医少佐であった稲垣克彦を中心に、当時の医学・薬学・農学・理学の各分野の研究者が集められ、ペニシリン委員会が結成されました。ペニシリンの研究開始は軍医学校以外の各地にも知らされ、独自に開発する研究者もありましたが、後にはペニシリン委員会と一緒になって研究を進めるようになりました。

 研究が進められる中、旧制第一高等学校の学生も勤労奉仕の一貫として、文献の翻訳に参加するようになりました。敵性語である英語名・ペニシリンに日本名をつけることになった時、アオカビの青にちなんで「碧素」と名付けたのは彼らの中の1人でした。ペニシリンという名称でも問題ないと考える研究者もありましたが、日本で開発されたこの薬剤がフレミングの開発したペニシリンと必ずしも同じとは限らないという点からも、和名「碧素」に改められたそうです。

 本土空襲が始まると戦地の兵士ばかりでなく、一般市民にも多数の死傷者が出ました。物資が不足する中で生産された碧素は軍隊での使用が優先されましたが、1945年(昭和20年)3月の東京大空襲の折には少量ですが、救護班が使用することもできました。研究に携わった研究者や学生らは、1人でも多くの人を救えるようにと働き続けました。この中には女子高等師範学校の女学生もいました。

 同年8月、広島・長崎への原爆投下の後、日本は終戦を迎えました。9月にGHQ(連合軍総司令部)から陸軍病院へと被爆者治療用のアメリカ製のペニシリンが届けられました。ガラス瓶にはいったペニシリンは純度が高く、白かったそうです。

 その後1946年(昭和21年)に日本ペニシリン学術協議会が設立されると、GHQはペニシリン研究の権威・フォスター博士を日本に招き、アメリカの生産技術を公開し、各地で盛んとなったペニシリン生産の工場で指導を行いました。1949年(昭和24年)には上質の結晶ペニシリンも生産できるようになり、自給可能になりました。

 戦時中のペニシリンの研究は戦争とともに終わったのではなく、研究に携わった人々の努力や苦労が結晶となって新しい時代に引き継がれました。内藤記念くすり博物館には、日本抗生物質学術協議会より寄託された碧素のアンプルを常設展示しています。現存するたった1本の「碧素」のアンプルから当時の人々の思いを感じ取っていただければ…と思います。(内藤記念くすり博物館 稲垣裕美)

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