薬と健康 なるほどヒストリー
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“魔法の弾丸”… 有害微生物だけ攻撃
病気に用いられる薬には、症状を軽減する薬と根本的に治癒させる薬があります。例えば現代においては、咳(せき)を鎮(しず)めるのにトローチは有効ですが、風邪を治そうと思ったら抗生物質などが必要になります。
ネオサルバルサン 昭和初期 バイエル社製
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20世紀初頭のドイツの細菌学者・エールリッヒは、ある種の感染症を根本的に治癒する合成物質を発見しようと試みました。この合成物質こそ、後に“魔法の弾丸”と呼ばれたサルバルサンです。
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エールリッヒが取り組んだのは、梅毒という病気です。梅毒は、梅毒トレポネーマという細菌による感染症です。15世紀末にコロンブスの一行が新大陸からの帰国後、ヨーロッパに広まり、日本へも16世紀初頭に渡来したといわれています。
この病気は性行為により感染します。慢性で、3~10年かけて進行します。その症状は4期に分かれており、下疳(げかん)と呼ばれる潰瘍(かいよう)や発疹(はっしん)に始まり(第1期)、発熱やリンパ節の腫れを経て(第2期)、潜伏期に入ります。その後ゴム腫ができたり(第3期)、脳や脊髄(せきずい)が侵されるようになります(第4期)。
16世紀以降、水銀の蒸気や水銀軟膏(なんこう)、ユソウボク(グアヤック)と呼ばれる樹脂を煎じ薬にして治療が行われましたが、対症療法に過ぎませんでした。また、水銀を用いた場合は水銀中毒にかかる心配がありました。特効薬のなかった時代には第4期まで進行することが多く、悲惨(ひさん)な最期を迎える人々が数多くいました。
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微生物・トレポネーマが発見されたのは1904年のことです。翌年にはこれが梅毒の病原体であることが判明しました。エールリッヒは、亜砒酸が他の感染症の治療薬に用いられていたことから砒素(ひそ)化合物に注目しました。彼は、北里研究所からの留学生・秦佐八郎(はた・さはちろう)とともに多数の薬品について研究を重ね、ついに効果のある薬品を発見し、サルバルサンという名前をつけました。
ただサルバルサンは砒素化合物であり、副作用があるため現在では梅毒の治療には他の薬が使用されています。しかし、かつては人の体や細胞を攻撃せず、人体に有害な微生物を攻撃する画期的な“魔法の弾丸”として迎えられました。
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サルバルサンは、研究した薬品の606番目に調べた薬品ということで、「606号」と呼ばれることもあったそうです。今から100年前、研究や実験の器材も現代と比べて十分でなかった時代に、何百もの候補をひとつひとつ根気よく調べていった姿勢に頭が下がりますね。(内藤記念くすり博物館 稲垣裕美)
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