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いきいき快適生活

介護・シニア

[認知症と向き合う](10)当人の本質 失われない

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 団地に、80歳代の認知症の母親と、60歳代の娘が2人で暮らしていました。

 ある日、母親が便を漏らしました。我々が自宅に伺った時、母親は両手を縛られていました。ベッドに座り、「一体、私、何か悪いことをしたの?」と縛られた手を上下に振りながら泣いています。別室にいた娘さんは「私、うんちの臭い、大っ嫌いなの。もう耐えきれない」と泣いています。心に痛みが走る光景です。

 娘さんによると、母親は、元学校の教師。とても厳しい人だったそうで、今の姿との落差に戸惑いも隠せない様子でした。私はこの状態は危険だと感じ、母親に短期入所してもらいました。

 数日後、晴れた日のことです。施設の女性に連れられて、母親が散歩をしていました。その施設を訪れた娘さんは、幸せそうな母親の姿をしばらくじっと見つめていました。少し離れて暮らしたことで落ち着き、冷静な目で母親の姿を見た時、そこに母親本来の姿を見つけたのでしょう。そして「ずっと一緒に暮らそう」と心の中で決意できたのでしょう。

 「お母さん、ごめんね、本当にごめんね」。娘さんは駆け寄って大泣きしながら繰り返しました。

 退所後、娘さんの顔から険しい表情が消えました。それから数年がたち、娘さんから電話がありました。「私が添い寝をしながら今朝、母は亡くなりました。ありがとうございました」

 誰かが認知症になると、家族は大きな心労を背負うことがあります。しかし、家族のまぶたの裏には、ご本人の生き生きとした頃の姿が刻まれています。認知症になったとしても、その人の本質が失われるものではないと思います。それを忘れずに、ご本人とご家族が、日常生活で上手に折り合っていければと思います。(木之下徹、「こだまクリニック」院長)

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