文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

ケアノート

コラム

[小谷真理さん]ネットに「嫁」の心 吐露

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

介護 コスプレ劇のように

「義父は薬と1日1回の足湯で症状が落ち着きました。老いには個人差があり、情報が足りないと痛感しています」と話す小谷さん(東京都内で)=多田貫司撮影

 SFやファンタジー文学の評論家、小谷真理さん(52)は、2009年に義母の巽千鶴子さんを83歳で亡くしました。今は義父の豊彦さん(94)の介護をしています。支えになっているのは、インターネットの交流サイト。「つらい思いを吐き出せたので、介護を続けられました」と話します。

 06年7月に義母が倒れるまで、夫(慶応大学教授の巽孝之さん)の実家とは、あまり付き合いがなかったんです。義母はお嬢様育ちで素直でかわいい人でしたが、私たち夫婦とは価値観が合いませんでした。結婚前に言われたのは、「仕事をしている女の人は嫌。早く仕事をやめてちょうだい」。アメリカ文学者の夫が「こちらの生活に介入しないで」と義母にクギを刺してくれていたようです。たまに実家にあいさつに行っても玄関先で帰るような付き合い方でした。

脳に出血

 ある日、親戚から「どうも様子が変」と電話がかかってきました。実家に行ったら、義母が居間の床にあおむけに倒れて「トイレに行きたいのよ」って怒っている。抱き起こしましたが、ふらふらして姿勢を維持できない。本人は「大丈夫」と言い張るんですが、義母は心臓を手術した経験がある。かかりつけの病院に電話したら「すぐに救急車を呼んで」。脳にボールのような出血が見つかりました。

 義母は義父と2人暮らしだった。義母のためにかけつけた救急隊員から、義父にも認知症のような症状があると指摘された。以来、自宅マンションと、義母の病院、義父の住む実家を行き来する生活が始まった。

 義母の入院中に、義父の体重が急に減ったので検査入院をしました。医師が言うには「目の前の食事を見ても、食べ物だと認識できないから、一人では食べられない」。そこで初めて、認知症とはどういう状態なのか理解できました。ケアマネジャーに相談して、食事の時にヘルパーを付けました。「巽さん、ご飯よ」と声をかけてもらい、食事だという信号を送る作戦です。

 義父母は戦友のように、互いをかばい合ってうまくやってきたのだと思います。義母が倒れて、問題が全部出てきちゃった。老夫婦がどうすれば安心して暮らせるかを考えなければならなくなりました。

 介護が始まったのは、翌年横浜市で開かれたSFファンの祭典「世界SF大会」に向けて、小谷さんが準備に忙殺されていた時。義父母の介護と、イベント準備、原稿執筆の仕事が重なった。そんな小谷さんを支えたのは、インターネット交流サイト「ミクシィ」だった。

 私にとっては、肉体的な労苦より、精神的な負担がつらかったのです。介護では、次々と選択を迫られます。例えば、義母のリハビリの回数。毎日やれば良くなると思うのに、介護保険ではカバーされず、自己負担になる。経済的な問題と義母の回復をはかりにかけて、何回頼むかを私が決めなければなりません。そんな出来事をミクシィに書いて吐き出し忘れていかなければ、自分が壊れそうになりました。

 ミクシィで報告すると、すぐに「頑張って」「体を大事にね」とコメントが寄せられる。それが、まるでマッサージを受けているように気持ちが良かったのです。

 ネットの世界で、私は「リス子」という名前を使い、義父母を「(しゅうとめ)殿」「(しゅうと)殿」と呼んでいました。義父母を介護する時にも「リス子」がしていると思っていました。まるでコスプレ劇を演じるように。

 「リス子」は、ダメ嫁だけれど働き者で、絶対に老夫婦を怒らないし、声を荒らげないんです。怒ると、相手が落ち込んでしまうから。そうやって、義父母と心理的な距離を置くことで、嫌いにならずに介護を続けることができたのだと思います。

 小谷さんも夫の孝之さんも、仕事で頻繁に渡米する。そこで、ヘルパーや親戚らの助けも借り、チームで介護を行っている。千鶴子さんは09年8月に亡くなったが、義父の介護のため、実家へは通い続けている。

 義父が入浴を拒否すると、夫が「ダメじゃないか」と怒り、私が「あんなに怒らなくてもいいのにねえ、お父さん」となだめて風呂に入れます。

総司令官は私

 介護の総司令官は私で、夫は司令官補佐。夫には「自分のことは自分でやり、私の足を引っ張らない。私のことを褒めよ」と言い渡したんです。介護に時間を取られて、私の収入がダウンし、疲れ果てれば不機嫌にもなります。そんな時、夫は外食や映画に誘い、私が疲れないように、こけないように慰めるんです。

 介護を続けるには、自分の体をいたわり、一人で抱え込まない、無理しないこと。使える手は総動員して、チームを作らないと乗り切れません。(聞き手・大森亜紀)

 こたに・まり SF&ファンタジー評論家。1958年、富山県生まれ。北里大学薬学部卒。「女性状無意識」(勁草書房)で1994年度日本SF大賞受賞。アニメや漫画の仮装をするいわゆる「コスプレ」の草分け。日本SF作家クラブ会員、ジェンダーSF研究会発起人。近著に「リス子のSF、ときどき介護日記」(以文社)。

 ◎取材を終えて 価値観の違う親世代と付き合うために、「リス子」の仮面をかぶった小谷さん。介護で息苦しくならず、自分を客観的に見るユニークな方法だ。「介護を始めると、病院でも役所でも長男の嫁としか呼ばれなくて腹が立った」。その違和感もリス子への変身を後押ししたという。

 ストレスをミクシィで発散し、パソコンで介護情報をチームで共有する。そんな介護がこれからは主流になるのかもしれない。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

kea_117

ケアノートの一覧を見る

最新記事