文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

こころ元気塾

ニュース・解説

野田聖子さんインタビュー全文(4)妊娠によい時期、知らなかった

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 ――最初に子供を欲しいと思ったのはいつ頃ですか。

 野田 親がいて子供がいる家庭に育ったから、子供がいるのが自然だと考えていました。夫がいれば「この人の子が欲しい」と思うけど、漠然と「子供が欲しいなあ」と考える感じで、子供が欲しいと思いつめていたわけではありません。子供が欲しいというのは、みんな思っていることです。それに、私はもともと子供好きですから。

 ――多忙な国会議員の仕事をしながら、不妊治療を続けていくのはとても大変なことだったと思いますが、野田さんの人生で、子供をつくることはどれくらいの優先順位だったのですか。

 野田 それが唯一の後悔です。結婚したら、当然すぐにできると思っていたし、子供がある時点で産みにくくなるとは、誰も教えてはもらわなかった。

 26歳で県会議員になって、「自分の幸せでなく、有権者のために働け」と言われ続けました。40歳になって、やっと前の夫と出会った。その時、無知だったので、生理が毎月あるから子供ができるはずと考えていたけれど、体のほうは遅すぎた。

 一番妊娠にいい時期は、18歳から22歳ですよ。36歳を過ぎると妊娠が難しくなる。そんなこと、学校でも教えないから、私は気がつかなかった。

 優先順位なんかつけてはいけなかったけれど、もっと自分の体を知っていれば、周りや有権者に何を言われようと、「子供を産むには、この時期を逃せない」と説明できたけど、それをしないでここまで来てしまった。それは若い人に繰り返してほしくない過ちです。

 だって、不妊治療はお金がかかるわ、精神的にへこむわ、いいことないですもの。私みたいなタフな女でも相当へこむ。体外受精は、失敗するたびに女性としての能力を否定されるわけです。最初の結婚で、私はそれを14回やったけれど、思い出すだけで吐き気がします。

 ――しかも、そのことは当初、全く公表していませんでしたね。

 野田 はい、最初のうちは。出せなかったです。当時は体外受精も、いま卵子提供をこっそりやっているのと同じくらいの感覚だった。

 結婚した当初は「子供つくれ」と、こちらのコンディションも知らないでみんな勝手なことを言う。「作り方知らないのか」とか、自民党の議員は平気で失礼なことを言うわけです。うちのめされました。注射して薬飲んで、夫婦げんかしながらやっているのに、そんな脳天気なことを言われる。

 私だけでなく、不妊治療している女性はみんなそうだと思う。それでもがんばっているのに、誰にも評価してもらえないのは孤独でした。

 ――本(「私は、産みたい」)を書いたりして、不妊治療をしていることを公言したことで楽になりましたか。

 野田 本を出したことでたたかれました。「夫婦生活を暴露した」などと言われ、ショックは大きかったけど、不妊治療を受けている女性たちから「楽になった」「立ち向かうことができた」と言われ、よかったなと思います。

 不妊治療はアンフェアで、男のほうに原因があっても、全部負担は女性にかかります。私が公表したことで、不妊治療を受けている人が「誰にも言えなかったけれど、こんな人もいるんだ」と思って楽になってくれればいいです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

こころ元気塾の一覧を見る

最新記事