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[科学は人類に何をなしうるか] 基調講演(2) 「知の旅」社会に貢献

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野依 良治 氏 (理化学研究所理事長)

1938年兵庫県生まれ。京都大学工学部卒。名古屋大学教授などを経て、2003年から現職。01年、「キラル触媒による不斉水素化反応の研究」でノーベル化学賞受賞

 鎌倉時代の軍記物語「源平盛衰記」には、権勢を誇った白河上皇でさえ意のままにならないものとして、「すごろくの賽(さい)」が挙げられている。現代のサイコロの目は、本当に思う通りにならないのか。

 サイコロを振って「1」が出る確率を、いかにして6分の1から6分の6まで上げるかは技術の問題だ。私の研究もこれに似て大変困難だった。有機化合物中の炭素原子は必ず4本の手を持ち、異なる原子がつく(不斉炭素)時、その位置関係が鏡に映したように、左右違う鏡像異性体ができる。味やにおいが違うなど生命現象に大きな影響を及ぼすこともある。この異性体を左右を区別して作るのが私の仕事だった。

 27歳の時、この問題を解決する不斉合成の一般原理を見いだした。左右の識別は55対45だったが、その後、100対0に限りなく近くなり、抗生物質「クラビット」や香料のメントールの大量生産につながった。私の研究は、約160年前、フランスの細菌学者パスツールの「化学や物理で右左は分けられない」という言葉への挑戦でもあったが、パスツールにはメントールの工場をぜひ見てもらいたかった。

 不斉合成技術の社会的な影響は絶大だった。例えば、不斉合成の原理を一緒に研究した京都大学の後輩は、住友化学に入り、不斉合成で使う触媒を改良して、除虫菊の成分である菊酸の大量合成に成功。その成分を練り込んだ蚊帳は、世界保健機関(WHO)の要請で、マラリアの被害に苦しむタンザニアの蚊対策として、無償供与された。44年前に研究を楽しんでいた頃、国際貢献につながるとは思いもしなかった。

 世界で毎日3000万人が利用するコレステロール低下薬(高脂血症治療薬)にも我々の不斉合成の技術が使われる。こうした合目的的なものを作れるところに化学の貢献がある。

 仏の画家ゴーガンの絵に、「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか」という題の絵がある。科学は、この問いに真正面から答えようとするものだ。科学研究は果てしなく続く知の旅。目的地への到達よりも、さまざまな出会い、よい旅をすること自体に意味がある。優れた研究は有為の人を育て、また社会にも貢献すると思う。

 20世紀の科学技術システムは、物理の原理に基づき、化学の力で物質が供給され、工学の裏打ちで実現した。この間、平均寿命が先進国で45年から80年に延びたのは、科学技術のおかげだ。科学技術は、単なる国際競争力ではなく、人類社会にとって根幹的に大事だということを、皆さんにぜひ、真剣に考えていただきたい。

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