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ケアノート

コラム

[清水良子さん]姉のSOS見逃し後悔

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家族介護 周囲の見守りも大事

「母の入院中、私が働くすし店に姉がふらっと訪ねてきたことがありました。姉が少し寂しそうに見えて気になったのを覚えています」(東京都内で)=飯島啓太撮影

 タレントの清水由貴子さんは、芸能界を引退して母、咲子さん(79)の介護に専念していたが、昨年4月、49歳で自らの命を絶った。

 共に母を介護していた妹の良子さん(43)は、「姉がそこまで思い詰めていたことに気付けなかった」と悔やみ、「家族を介護している人を見守る、第三者の目が必要」と話す。

大黒柱だった姉

 2008年8月、母は家の中で、一人でトイレに行こうとして転倒し、肋骨(ろっこつ)を骨折して入院してしまいました。

 この時、家には姉がいました。姉は「私がもう少し早くお母ちゃんのそばに行ってあげていれば」と、責任を強く感じたようでした。

 4か月間の入院を経て08年12月に退院した時、母は要介護5。筋力が弱り、歩くことも立ち上がることも出来なくなっていました。

 平日昼間は毎日デイケア(通所リハビリ)に通い、平日夜と週末は姉と私で母をみる――という生活が始まりました。といっても、私は夜は仕事でいないので、母に食事を食べさせたり、おむつを交換したり、介護の多くは姉がやってくれました。

  姉妹が幼い時に、父親が病気で亡くなり、一家は貧しい暮らしを余儀なくされた。由貴子さんが17歳で芸能界に入ったのは、お金を稼ぎ、一家の生活を支えるためだった。

 母は若い頃から病弱でした。私の学費も、母の入院費や治療費も、すべて姉が働いて出してくれました。私も学校を出て就職しましたが、我が家では経済的にも精神的にも、ずっと姉が大黒柱だったのです。

 母が肋骨を折る約1年前に、姉は母の介護に専念するため、芸能界を引退していました。その2年前ぐらいから母の視力が低下、外出先で転倒して足を骨折するなどし、母を家に一人おいておくことができなくなっていたからです。

 同じ頃、私も24時間営業のすし店に転職しました。夜勤の仕事なら、姉と交代で母を介護するのにも好都合だと思ったからです。が、姉は「夜勤は体に負担がかかるから、その分昼間は休まないと」と言うのです。

 母の退院後、姉は母がデイケアに行っている昼間はパートの仕事に出かけ、夜中も母の様子を見るために何度も起きていました。食べやすいように軟らかく調理した食事を、母が食べてくれないと言って悩んでいましたが、私は「食欲がない日だってあるよ」と、励ますぐらいのことしかできませんでした。

「税金は使えない」

 介護保険の限度額にはまだ余裕がありましたが、ヘルパーの派遣は頼みませんでした。姉は「昔、貧しかった頃に、我が家は生活保護などでさんざん税金のお世話になった。これ以上税金を使うのは申し訳ない」と言うのです。

  由貴子さんが亡くなる10日ほど前、家でもリハビリができるように介護保険で自宅に手すりをつけることを、ケアマネジャーが提案した。

 ところが姉がそれも断るというので、私は思わず「お姉ちゃん、これは私たちが楽をするためのものじゃなくて、お母ちゃんのためだよ」と言いました。すると姉は「良子も皆と同じことを言うんだね」と寂しそうな顔をするのです。

 姉は、母がリハビリ中に再び転倒し、状態がさらに悪化することを恐れていました。母がリハビリを嫌がっていたこともあり、「これからも私が母の面倒をすべてみるから、無理して歩けるようにならなくてもいい」と、結局提案を断ってしまいました。

  09年4月20日、由貴子さんは車イスの母を連れて、静岡県の霊園に父の墓参りに出かけ、父の墓前で命を絶った。翌朝発見された時、母、咲子さんは車イスに座り、衰弱した状態だったが、一命をとりとめた。

 そのしばらく前から、姉は以前より涙もろくなり、少し元気がないようにも見えました。気になってはいたのですが、私は仕事が忙しく、休みが取れない状態が続いていました。5月の連休明けには休めるから、今後の介護についても姉とゆっくり話をしよう、そう思っていた矢先でした。

 あのとき、私がもっと仕事をセーブしていれば……。そして、姉がSOSを発することができる相手が、私以外にも誰かいたらよかったのかもしれません。

 あれから1年以上が過ぎて、最近ようやく気持ちの整理が少しついてきました。

 母は肺炎を起こすなど不安定な状態が続き入院中で、見舞いに行く毎日です。姉は人に甘えることが苦手でしたが、私は人に甘えたい。そして自分に余裕がある時には人に手をさしのべる。そのお互いさまが大事だと思うのです。

 休んでいたすし店の仕事も再開しました。働いている時が一番自分らしくいられると思うから。家族を介護している方は、自分のためだけの時間を少しでも持ち、心の叫びを表に出してほしい。

 周囲も、要介護者だけでなく、お年寄りを介護している家族にも目を向けて、気付いたことがあれば、声をかけることが必要だと思います。(聞き手・森谷直子)

 しみず・よしこ タレント清水由貴子さんの妹。1967年、東京都生まれ。2006年ごろから姉と共に母、咲子さんを介護。昨年11月、著書「介護うつ お姉ちゃん、なんで死んじゃったの」(ブックマン社)を刊行。

 ◎取材を終えて 「3人で暮らしていた家に一人でいることが寂しくなることもある」という良子さんだが、職場の仲間、近所の人たちと積極的に会話を交わし、「多くの人に支えられているのを感じる」とも話してくれた。独身の娘や息子が老親を介護するケースは増えており、介護のために仕事を辞めれば、ますます世間から孤立しがちになる。「介護する人、される人の2者だけの関係にしないで」という言葉に考えさせられた。

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