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介護・シニア
特養の個室、家賃負担重く…相部屋回帰の動き
自治体「国の理想わかるけど…」
埼玉県などの特別養護老人ホームで、介護報酬の「過払い」が起きていたことが、今年4月に明らかになった。背景には、全室個室の「新型」を推進する国に対し、相部屋も必要だとする自治体の増加がある。過払い問題をきっかけに、特養のあり方を考えた。(社会保障部 飯田祐子、小山孝)
埼玉県川越市の特養「真寿園」。昼時、個室から出てきたお年寄りが食卓を囲むと、職員が炊きたてのご飯をよそった。1度に集まるのは数人で、施設の食事時にありがちな慌ただしさはない。
真寿園は、トイレ、洗面台付きの個室で暮らす高齢者を10人ほどのグループに分け、居間や浴室もグループごとに設けた「新型」の特養だ。8年前までは、部屋は4人ずつの相部屋。決まった時間に一斉に食事や入浴をする「大規模・集団ケア」を行っていたが、建て替えを機に一新した。
荻野光彦・総合施設長は、「昔は、大食堂での食事で、入浴は流れ作業。プライバシーも、とても守れているとは言えなかった。幻滅し辞めていった職員もいた」と振り返る。
要介護高齢者の施設として、特養が制度化されたのは1963年。病院がモデルで、相部屋が基本だった。現在も4人部屋での暮らしが主流だ。
これに対し、10年ほど前に登場したのが新型だ。認知症介護研究・研修東京センターの秋葉
2002年度に国が「特養整備は新型が基本」という方針を打ち出したのも、住環境や介護の質の高さを評価したためだ。総定員に占める新型の割合は、21%(08年)にまで増えた。国は14年度までに、これを70%以上にする目標を掲げている。
ところが最近、一部の自治体で相部屋を作る動きが広がっている。新型と相部屋の併設も増え、介護報酬の過払いにつながった。
国の方針に反しても相部屋を作る最大の理由は、入居者の負担の軽減だ。
特養を利用する際、入居者は、介護サービスの自己負担(1割)のほか、家賃や食費などを払う。だが、相部屋なら家賃は要らない。低所得者には補助があるものの、年80万円以下の年金収入のみの場合、食費や1割の自己負担などを含め、相部屋なら月3万7000円で済むが、新型だと5万2000円かかる。
埼玉県の特養で、妻が相部屋で暮らす年金暮らしの男性(74)は、「新型の料金を払ったら、私が生活できない」とこぼす。この施設の施設長は、「地元の自治体から低所得者も入れるようにしてほしいと頼まれ、相部屋を作った。新型の施設が増え、相部屋の希望者がうちに集中している」と説明する。
仙台市が一昨年、特養待機者などに行った調査(460人が回答)でも、相部屋の希望者が新型を上回った。理由は「費用負担」が最多で、77%に上った。首都圏の自治体の場合、「土地の取得が困難。新型には多くの人手が必要で、職員確保が難しい」(川崎市)との事情もある。また、自治体には、全国で42万人を超える待機者の解消につなげたいとの思いも強い。
「相部屋回帰」の流れは急速だ。読売新聞が先月、47都道府県に行った調査では、「相部屋の建設にも補助を行う」と回答したのは14都県。うち9都県が、昨年度から今年度にかけて、以前は「新型のみ」としていた方針を転換した。
担当者からは、「個室だと、医療の必要性が高い人への目が届きにくい。相部屋も必要」(東京都)、「国の目標は尊重したいが、市町村から相部屋整備の要望があり、板挟みになっている」(岐阜県)などの声が寄せられた。新型のみに補助を行っている大阪府も、「新型はメリットが大きく、ある程度増やさなくてはならないが、低所得者には負担が重いのも確か」と話し、理想と現実の間で悩む様子がうかがえる。
役割 見直し必要
特養の居室に対する考え方の溝をどう埋めるのか。
厚労省は4月、特養の個室の面積基準を13・2平方メートル(約8畳)から10・65平方メートル(約6畳)に狭める方針を打ち出した。部屋を狭くしても個室を推進したいとの考えからだ。建設費の削減により、月5000円程度家賃を下げられると見るが、都市部の自治体からは「負担解消にはほど遠い」との声も出ている。
独自に負担軽減に取り組む自治体もある。横浜市は秋から、特養に入る低所得者の一部に月1万円の家賃補助を始める。松本均介護保険課長は、「所得にかかわらず、原則、個室に入れるようにすべきだ。負担が重いから相部屋を作るというのは解決策として安易すぎないか」と指摘する。
一方、家賃補助を施設利用者だけ受けられる仕組みを広げれば、自宅で暮らす要介護者やグループホームの入居者などとの公平性が問題になる。もともと低所得者を受け入れてきた特養が家賃を取る代わりに居住性を高める方向に進む中、特養の役割を改めて考える必要性が出てきている。
国際医療福祉大の高橋紘士教授(介護政策)は、「まず、介護が必要な低所得者が暮らせるケア付き住宅などを増やし、特養へのニーズの集中を緩めること。その上で、特養の入居者を要介護度の重い人に限ったり、低所得者向けの住宅手当を創設したりするなど、根本的な見直しを行うべきだ」と話している。
介護報酬の「過払い」 |
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介護保険制度で、サービスを提供した事業者に支払われる介護報酬が、一部の特別養護老人ホームに対し、国の基準より多く支払われていた。個室の高齢者を10人ほどのグループに分けて介護する「新型」の特養には、「相部屋」の特養より高い報酬が支払われるが、新型の報酬が認められるのは原則、全館新型の施設のみ。だが、埼玉、群馬、佐賀、広島の4県は解釈を誤り、新型と相部屋を併設した計9施設に新型の報酬を認めていた。 |
[プラスα]42万…特養の待機者
特別養護老人ホームへの入居待ちをしている人は、厚生労働省の昨年の全国調査で42万1259人いた。特養は全国に6015施設(08年)あり、定員は42万2703人。定員とほぼ同数の人が入居を待っていることになる。
このうち、自宅で暮らしているのは19.9万人(47%)。残りの22.3万人(53%)は病院や老人保健施設などで暮らしていた。
特養で暮らす人の平均要介護度は3.82。一方、在宅で入居を待っている人を要介護度別に見ると、要介護5が2.6万人、要介護4が4.1万人。在宅での介護が難しい人が相当数含まれていると見られる。
特養に入居できるのは要介護1以上の人で、本人や家族が各施設に直接申し込む。一般に先着順ではなく、施設側が申込者について介護の必要性や家族の状況などを考慮し、誰を入居させるかを決めている。
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