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いきいき快適生活

介護・シニア

[山里通信](8)誰もが誰かの役に立つ

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山野草づくりの名人として知られる山形さんは村の活性化にも一役買っている=安斎晃撮影

 若い世代が少なくて衰退の波に洗われながらも、踏ん張り続ける秋田県上小阿仁(かみこあに)村。村を知るカギは元気な老人にある。「今の年寄りは実際の年齢の七掛け」と村人は言う。そうだとすれば、80歳は50代半ば、70歳は40代後半になる。

 村を歩きながら「そうか」と思った。村の老人が元気なのは、いくつになっても「役割」があるということだ。群馬の山村に暮らす哲学者の内山節さんが、かつてそのことを言っていた。「農山村の魅力は、誰もが誰かの役に立ちながら生きていることだ」と。

 「夜、ふとんの中で、明日はどんな風にやるかと考えていると、眠れなくなることがあるんだよ」

 こんなことを言ったのは山野草を育てて売る山形正雄さん(73)だった。野の花を手がけて10年以上。毎年5月末に開く村の山野草展示会には東北一円から約4000人が集まってくる。

 山形さんが大切にしているのが、村の名がついた小さな花「コアニチドリ」。1919年、村を流れる小阿仁川上流の岩場に咲くことから、植物学者の牧野富太郎が名付けたものだ。

 ただし、種をまいてから花が咲くまで3年かかる。

 「毎朝、水くれて3年だよ。ほんとに手がかかる。でも、これを楽しみにして来てくれる人がいるもんな」。こう話すと、山形さんはへっへっへっと笑った。

 スギの巨大な根をくりぬいて、かやぶき農家のミニチュアを作る人がいた。畠山耕一さん(70)だ。

 「好きでやってるんが、人に喜ばれるんだから、つくづく俺は幸せ者だ」

 自宅の小さな作業場を訪ねると、そう話して目を細めた。大工の仕事をしていた25年前から、消えゆく秋田の民家を探して写真にとり、障子戸まで再現して作ってきた。村の道の駅に展示すると、「俺の生まれた家とそっくりだ」と涙を流す村外の人に出会う。

 村ではほとんどいなくなった(わら)細工の名人の高橋末五郎さん(84)は、毎年の村祭りで使う伝統のわらじを編んでみせてくれた。

 「俺がやらねばお祭りのわらじもねくなるよ。白い足袋なんかでお祭りはできねえよ」と高橋さん。稲をコンバインで刈ると藁を刻んでしまうから、みんなのために自分の田の一部は手で刈って藁を確保する。

 いくつになっても誰かに期待される生き方。自分はできるだろうか。都会に暮らす我が身を振り返った。(編集委員 青山彰久)

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